〈4〉閑職
「ほっとけばよかったんじゃないですかぁ?」
あくび交じりにそう言ったのは、隻眼の青年、デュクセル=ラーズだった。彼は第一王子付きの護衛隊長であるのだが、性格はこの通り砕けている。黙っていれば寡黙そうに見えるのだが、口を開けば少々子供っぽい。
それでも、剣と鞭を得意とする民間からの叩き上げである。一見、異例の大出世に見えるのだが、実際のところはそうも言いがたい。
この王子の護衛は、武人たちの中では昇級が見込めない『閑職』として恐れられている配属先である。
先ほどの少女兵への配慮が、この青年にとっては厄介ごとのように思われたのだ。
「デューク、まあ、そう言うな」
と、王子は苦笑する。そんな二人に、もう一人の青年が穏やかに言った。
「ルナス様はお優しいですからね」
主に対しても親しみを込めて愛称で呼ぶのは、アルバトル=ロヴァンス。名門の出であり、その実力は誰もが認める有能な男である。
けれど、彼はデュークの副官に甘んじている。
何故なら、彼を扱える配属先がなかったのだ。どんなに有能であろうとも、使い勝手の悪さから敬遠され、結局はこの閑職へと追いやられた。
ただし、彼はそれをなんとも思っていないのである。風の吹くまま流れるまま、彼はそうした気ままな人間であった。
「なあ、アルバ、そうは言っても、あれは西のフォラステロ領の娘だ。王子がフォラステロびいきだと噂されてみろ。ますます面倒なことになるだろ」
「ああ、本当だ。面倒ですね」
あっさりと言う。
「ただでさえ、今のルナス様は立ち位置が難しいのに」
あはは、とアルバは笑った。基本的に、相手を選ばずに歯に衣を着せない青年である。
ただ、彼らのこうした言動を不敬だと感じることもなく、率直な意見として受け入れる素直さがルナスにはあるのだった。
ルナスは悄然とつぶやく。
「軽率だと言われてしまえばそれまでだ。けれど、やはりうら若い女性が身ひとつで渡って行くには過酷な環境だろう?」
ルナスがそう言っても、デュークはえー、とぼやいた。
「べっつに、好き好んで来たんですから、どうなろうと王子が気に病むことじゃないですよ」
「隊長は相変わらず女嫌いですね」
「おい、変な言い方するな。全部ってわけじゃないぞ。けど、ああいう身の程知らずなくせに鼻っ柱の強い小娘はなぁ」
「懐の小さな人ですね」
「……」
満面の笑顔で上官に言うセリフがそれである。毎日、部下のこんな態度にいちいち怒ってはいけないと自分に言い聞かせるデュークだった。
成人して間もないルナスにとって、二人は兄のようなものでもある。家臣であり、最も身近な存在だった。
父王に目をかけられず、母堂はすでになく、二人の弟とも距離がある。
ルナス自身は弟たちを意識しているわけではないのだが、二人の弟にとってこの穏やかな兄は頼りなく、侮蔑に値する存在なのであった。
軍事国家であるペルシの王子として、情けないことこの上ない、と。
軟弱で、城の中で震え上がる王子。それが外から見たルナスの姿である。
それに対し、彼が汚名を返上するような動きを見せることはなかった。それこそが真実であると認めているかのような節がある。
戦は無益だ。人が死ぬ。国が荒れる。
そうしたことを時折つぶやく。
民たちが、強く自分たちを導いてくれる王を求める中、この王子は争いを好まない。
この国は、諸島の歴史の中、武力によって他国をけん制して来た。その武力を否定するのであれば、どのようにしてこの国を生かすというのか。
それが示せもしないというのに、平和を説く。その愚かしさを嗤われたとしても、それは仕方のないことであった。
「さて、部屋に戻ろうか。メーディに茶をいれてもらいたいな」
「そうですね、メーディ殿も心配されていることでしょうし」
と、デュークは嘆息した。
メーディとは、アルメディ=ファーラーという老年の文官である。物心がついた頃から、ルナスに文字の書き方に至るまで指導し続けた臣である。
文官である彼は、軍の行事に不参加であり、王子の部屋でやきもきとしながら待っているのだ。
反りの合わない父王や弟王子たちと顔を合わせる機会だったのだから、ルナスの身を案じていることは間違いない。
文官には少ないのだが彼も貴族であり、男爵の称号を持つ。けれど驕ったところもない穏やかな老人で、男爵でありながら茶をいれるのが趣味という人間だった。
「お菓子もあるといいですねぇ」
アルバもほのぼのと言った。
クスクスと笑って相槌を打ちながらも、ルナスはほんの片隅であの肩肘を張った少女のことを気にかけるのだった。