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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
裏切りの章

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〈3〉悲しみの連鎖

 スピネルが鳥籠と共に去った後、ルナスは一人瞑目するとトールド卿のことを思い起こした。

 がっしりとした体格に、丁寧に手入れされた口髭。年齢は五十代であったはずだけれど、それよりもずっと若々しく感じられるのは、彼が巧みに馬を駆って走り抜ける姿を目にしたことがあるからであろうか。


 フォラステロ公は陸軍総帥。クリオロ公は海軍総帥。

 故に、フォラステロ領には陸軍の兵が多く、クリオロ領には海兵が多い。

 ただ、中央にあるトリニタリオ領だけはどちらとは言いがたい。同じ家人であっても所属がばら付くこともある。トールド伯爵家もそうであった。

 トールド卿は陸軍、その息子は海軍であったのだ。


 そんなお互いのことをどう思っていたのかまでは、今となっては知りようもない。ただ、伯爵は息子を大事に思っていた。それだけは確かなことなのだろう。

 武人であるが故に無骨で、口が達者なわけではなく、それを相手に伝えるようなことはしなかったのかも知れない。


 華々しく出航した船を、誇らしげな気持ちで見送ったのだろうか。そうして、この無残な結果と最愛の息子の訃報だけが返された。

 絶望したとしても無理はない。

 表向きは軍務に勤しんでいた風に見えたとしても、その心にはやり場のない思いがたぎっていた。五年の歳月を、その感情を胎に秘めて過ごしたのだ。


 ルナスは静かに息をつく。


 やはり、争いは何も生まない。

 相手を害するばかりでなく、こうして自身へも撥ね返る。

 欲望が、悲しみの連鎖を作る。輪を広げる。

 どこまでも、どこまでも。



「ルナス様……」


 気遣わしげなメーディの声に、ルナスはゆっくりとまぶたを持ち上げ、ぺリドットの輝きを持つ瞳を覗かせた。そうして、微笑む。


「メーディはトリニタリオの中でもフォラステロ寄りの領地だから、トールド卿のことはあまり知らないだろうか? 何か知っていることがあれば教えてほしいのだが」


 すると、メーディは申し訳なさそうに言った。


「残念ながら私は文官ですから、トールド卿との接点があまりないのですよ。このところ、私は城詰めばかりでろくに領地に戻ってもおりませんし」


 確かに、ルナスはメーディのいれる茶を飲むことが日常になってしまっている。ルナスは苦笑してしまった。


「ですが、息子に便りを出して訊ねてみましょう。少しでもお力になれればよいのですが……」


 メーディは男爵だが、領地の管理はほぼ息子に任せているようで、爵位さえもそのうち息子に譲り渡して本人は隠居を決め込むつもりなのではないかと思わせる。煩わしい業務から解放されれば、楽しくいつまでもルナスとティータイムをしていられるのだから。

 ただ、その隠居のためにはまずレイルを一人前に育て上げて貰わねば困るのだ。

 レイルは常におどおどとしていたが、年齢の近いリィアがここへ来てからというもの、以前よりも口数も増えて慣れ親しんだように思う。そうは言っても、無口には変わりないのだが。


「あまり大事にならなければいいですね」


 デュークが心配そうに言う。彼はトールド卿を案ずるのではなく、それによってルナスがその痛みを抱え込むことを恐れるだけである。


「そう、だね」


 ルナスはその気遣いを感じつつ、神妙にうなずいた。


「そ、そうすると、トリニタリオ領を調査されるわけですよね? もしや、数日はお留守にされるのでしょうか?」


 レイルが眼鏡を押し上げながら問う。


「一回ずつここへ戻って来ると、調査にも時間がかかりすぎるな。その方が手っ取り早いとは思うが」


 思案顔でアルバが視線を漂わせると、メーディがそれに対してうなずいた。


「そうですね。でしたら私とレイルでルナス様のお留守を守りましょう。不在を覚られぬよう努めておきますので、どうかご安心を」

「ありがとう、助かるよ」

「お、お気を付けて」


 ルナスはレイルにも笑顔を向けると、レイルは恥ずかしそうにうつむいた。それから、ルナスは物言いたげにリィアに視線を移す。その意味を、リィアは彼の言葉が告げられるよりも先に察したのであった。


「もちろん、わたしもお供致します!」


 置いてけぼりなんてとんでもない、という表情に、男性陣は苦笑あるいは呆れるのであった。呆れているのは主にデュークなのだが。


「お前はそうやってすぐに首を突っ込む。このじゃじゃ馬娘」


 リィアはムッとしてデュークを睨み付けた。


「わたしは武人です。それも、ルナス様の護衛の。ルナス様が行かれるのであれば、わたしがお供するのは当然のことでしょう?」


 その言い分はあまりに的確で、デュークは結局口では勝てずに苦虫を噛み潰したような顔をして、何ひとつ思い通りに動かない部下を隻眼で睨み返すのであった。もちろん、その程度で怯むような部下ではなかったけれど。

 

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