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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
裏切りの章

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〈2〉戦いの傷痕

「噂?」


 ルナスが柳眉を微かに顰めると、スピネルは神妙な面持ちでうなずいた。


「そうです。ええと、殿下はトールド卿をご存知でしょうか?」


 王太子という高みの存在が、一貴族を記憶に留めていなくても不思議はない。けれど、ルナスは居室にこもりがちだと周囲に思わせながら、その耳は常に外を向いている。国内外の情勢を日頃から意識しているのだ。

 スピネルはそれを知るからこそ、ルナスがトールド卿を知っているだろうと半ば核心しつつ話を持ち出したのだろう。


「トールド卿……確か、トリニタリオ内だがクリオロ寄りの領地を任されている伯爵だったね。彼が何か?」


 このペルシ王国は大きく三つに分断すると、東をクリオロ領、西をフォラステロ領、中央をトリニタリオ領という。クリオロ領とフォラステロ領はそれぞれ二大公爵の管轄であり、中央のトリニタリオ領だけが王家の総括する領地である。そうした中で、諸貴族たちはそれぞれに二大公爵、あるいは王より託された範囲の管理を任されるのであった。


「トールド卿のご子息は、先の戦いで戦死されました。先陣を切った軍船に乗り合わせていたそうです」


 そのひと言に、ルナスは無言で唇を噛む。

 先の戦いとは、このブルーテ諸島の中央に位置する、当時鎖国状態であった小国家アリュルージへの侵略である。

 諸島内で取り決められた、アリュルージへの武力による不干渉条約を破り駒を進めたペルシは、勝てぬはずがないと思っていたその小国家に対し敗北を喫したのだ。


 軍事国家と自負していたペルシを退け、アリュルージは見事に防戦した。

 アリュルージ本土に上陸する前に、海戦で転覆した船もあったという。運よく流れ着いた兵はアリュルージが捕虜として拘束し、その兵たちは後にペルシへ帰還することができたのだが、それは船に乗船していた半数にも満たない。


 あれから五年。

 賠償金も支払い終え、収束したかに見える問題と思われつつも、国内外では未だに影を落とす。


「お国のために戦い、命を散らした。いくら他人がそう賞賛したところで、ご家族にとっては無念なこと……。殿下はそうした気持ちに敏感ですから、きっとわかって下さることとは思います」


 静かにそう語るスピネルに、ルナスは沈痛な面持ちを向けた。


「争いは犠牲しか生まない。その悲しみは、癒えることがない。本当に、申し訳ないことをした……」


 ルナス自身はアリュルージへの侵略に反対し続けたのだという。けれど、まだ成人すらしていなかった子供の声など、王や軍の上層部には届かなかった。傍目にはそれも仕方のないことだと感じるけれど、当のルナスは自分の力不足と思い病んでいる節がある。


 静寂の部屋の中、誰もが口を挟むことなどできなかった。無言でその先を待つ。

 スピネルはそっと苦笑した。


「そうした敗戦の折に家族を失った遺族の方々は、王家に対する信頼や忠誠が揺らいでしまっています。表向き、そうしたことを口に出すことはありませんが、これは確かなことです。トールド卿もまた、そうなのですよ」


 それは当然のことだと皆が思う。

 ただ、とスピネルは言った。


「不満はいつか発露します。トールド卿に不穏な動きがある、とだけ今回は忠告させて頂きに参りました」


 すると、デュークが顔をしかめた。


「不穏な動き? もう少し具体的に言え」


 スピネルはニコニコと、やはり食えない表情を貼り付けている。


「ハハハ、しがない商人の私にご無理を仰る。そこは武人のあなたがたの出番でございましょうに」


 その言い分はもっともである。早耳であるが、スピネルは確かに商人なのだ。

 つまり、損得を考え、それから動く。すべての情報を開示してくれるとは限らない。

 聞こえるように舌打ちするデュークを咎めるような視線を向けると、ルナスはスピネルに微笑んだ。


「そうだね。こちらも少し様子を窺ってみよう」


 すると、スピネルは首肯した。


「ええ。そうされることをお勧めします。ただ――」


 その言葉の先を受け止められる相手だと信じてくれたからこそ、スピネルは言うのだ。


「どんな真実があろうとも、お覚悟だけはされるべきかと」


 ルナスは黒髪を揺らし、おもむろにうなずく。


「もちろんだ」

「それをお聞きして安心致しました」


 スピネルのその微笑から何かを窺い知ることはできない。

 けれど、意見することもできずにその場にいたリィアは、あのウヴァロからの帰りにスピネルが語った様子から、彼なりにルナスを案じているのだと思えた。

 ルナスは目利きである彼に認められるほどの人物であるのだと、リィアは信じている。


 そんな緊迫した空気の中でも、麗しの鳥は遠慮なしにグゲッ、ゲゲ、と啼いている。

 なんとも言えない複雑な失笑が、皆の顔に浮かんだ。そんな中でも、アルバだけは声を殺して笑っていたけれど。


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