〈20〉決勝戦
リィアとデュークが観客席に戻った時にはすでにアルバの準決勝戦は開幕していた。
相手は陸軍の少佐だという。長剣を振るう姿は堂々たるものであったけれど、アルバはその長剣の隙を突き、懐へと踏み込む。観客のどよめきと、アルバの勝利を高らかに告げる審判の声が響き渡った。
「――これでついに決勝か」
デュークが感慨深げにつぶやく。
「そ、そうですね。もし仮に負けてしまったとしても、準優勝は確定ですよ」
興奮が冷め遣らぬ様子でレイルが言う。けれど、メーディが緩くかぶりを振った。
「アルバ殿なら必ず優勝されますよ」
あまりにはっきりとメーディが宣言するので、リィアは驚いて彼を見る。すると、メーディは微笑みながら付け加えた。
「できもしないことを口にする方ではありませんから。アルバ殿が優勝すると言われた以上、それは必ずなのですよ」
なるほど、とリィアは妙に納得してしまった。だから、自然と笑みがこぼれる。
「でしたら、明日の試合は安心して観戦できますね」
「ええ、もちろんですとも」
ただ、とその会話に水を差すようにデュークが言う。
「決勝の相手はターフェアだろ? 楽勝ってわけには行かないんじゃないのか?」
そこは、対戦したデュークがよくわかっているのだろう。手強い相手なのだ。
それから、デュークなりにリィアが抱えているものと同じような疑問を持っていたようだ。
「で、アルバは結局、なんで優勝したいんだ? それがさっぱりわからん」
「隊長でもわかりませんか……」
リィアが少し落胆すると、メーディはそっと口を開いた。
「どちらにせよ、明日になればすべてがわかりますよ」
「それもそうだな」
そう、その時になれば。
ただ、はっきりとした瞬間にすべてが遅すぎたという事態でなければいいのだけれど、とリィアはアルバを応援したい気持ちと不安の両方を抱えるのだった。
さすがにアルバも次が決勝ということで、その日は早々に下がった。
そう言いながら、アルバはまたコーランデル王子と会っているのではないか、とリィアはそんなことを考えてしまった自分を叱責する。
その後は皆、アルバの健闘を祈りつつ解散した。
そうして、大会最後の日。
決勝戦の朝を迎える。
「アルバ、悔いのないようにね」
そう激励するルナスに、いつもとはどこか違う風に感じられる雰囲気を持つアルバが首肯する。彼はすでに緊張を高めている様子だった。
「はい。勝利をルナス様に捧げます」
そう告げて、少しだけ微笑むと、きびすを返した。
その一言で、リィアやデュークは、アルバが急に優勝すると言い出した理由は、ルナスに関わることなのではないかと思えた。自分のために勝利を願うのではなく、ルナスにそう約束するのだから。
ほんの少し、リィアの心は軽くなった。
そうして、試合は始まる。
「第一王子ルナクレス殿下付き護衛隊副隊長、ロヴァンス中尉!」
「陸軍、シェゼント隊副隊長ターフェア中尉!」
奇しくも中尉同士の戦いとなった。不謹慎ながらも、どちらが勝利するか賭けている者も多いのではないかと思われる。
アルバの上官であるデュークがターフェアに敗退していることから、ターフェアの方が上手なのではないかとささやかれていた。けれど、アルバの実力は底が知れない。そう危惧する者もいた。
ターフェアからは、自身の力をより高めて行こうとするストイックな面を強く感じる。決して功名心から腕を磨いているわけではない。
その剣技は研ぎ澄まされ、剣筋に迷いはない。キィン、キィン、と高速で繰り出されるターフェアの剣をアルバが捌く。アルバの十字鍔が忙しなく動くさまをリィアたちは呆然と見守るのだった。
あの速度では、すでに何合打ち合ったのかも、リィアには数え切れなかった。誰もが無言で、その戦いに見入っている。
二人の剣は、衝突しては離れ、その繰り返しかに思われた。決着はまだだと、誰もが思った。
けれど、アルバは不意に捌いたと思われたターフェアの剣を、自らの刃を滑らせて内側に絡めるように動いた。その十字鍔の先が、ターフェアの顎を突く。
その鈍い音が観客席まで聞こえることはなかったけれど、怯んだターフェアの首筋には、隙を突いたアルバの剣がある。
同じ速度、同じ重さ、同じ調子で打ち合っているかに思われた二人だけれど、アルバはその一撃一撃を見極めていたのだ。反撃を繰り出せる隙を。
遠目に見ても、決着の時のまま静止している二人の肩は大きく上下していた。アルバにとっても楽な戦いではなかったのだ。
審判の、高らかな声が、静寂の会場に響き渡る。
「勝負あり! 勝者、ロヴァンス中尉!!」
わぁああ、とひと際大きな歓声が沸き起こる。それはアルバの勝利を祝う声なのか、ブーイングなのかは判別できない。ただ、どちらであったとしても、涼しい顔をして汗を拭うアルバにはどうだっていいことだったのではないかとリィアは思う。
「た、隊長、やりましたよ!!」
と、リィアは感極まって隣のデュークの腕を執拗に叩き続けた。デュークはそれをうっとうしそうに払うと、短く言う。
「宣言したんだから、当然だろ」
素っ気なくはあるけれど、デュークはリィア以上に真剣に観戦していた。思いもひとしおのはずだ。リィアは潤んだ瞳でそんな上官に微笑んだ。
見上げたルナスは、王族席から立ち上がり、会場のアルバとターフェアに拍手を送っていた。アルバがそんなルナスに頭を下げる。
そうして、武術大会の幕は下りるのであった。




