〈19〉しがらみ
まず、全員でアルバを送り出し、それからルナスは一人王族席へと向かった。どことなく後ろ髪引かれるように見えたのは、やはり皆と一緒にアルバを応援したかったからだろう。
敗退してしまったデュークも、今回からはリィアたちと共にいる。だからこそ、余計にそう思うのだ。
観客席の一角にメーディとレイルが座り、二人を手招きしていた時、ふとデュークは何かに目を止めた。リィアがその視線の先に顔を向けた時には、行き交う人々がいるだけで、特別変わったことはないように思われた。
「……試合が始まる頃には戻る」
それだけを言って、デュークはきびすを返した。
「え? た、隊長!?」
思わずリィアは後を追おうとしたが、観客席は人が溢れていて、思うように進めない。長身のデュークは歩みも速い。このままではすぐに見失ってしまう。
「デューク様、どうされたのでしょうね?」
レイルが不思議そうに首をかしげている。リィアはやはり、その後を追うことにした。
「うん、ちょっとわたしも行って来るね」
「でも、試合が……」
「大丈夫、間に合うように戻るから」
何か、あまりいい予感がしなかったのだ。だから、リィアはデュークの姿を捜して人込みに身を投じる。
前にアルバを探していた時と同じで、勘に頼って探すのだとしたら、ここは目立たない場所を行こうと思った。案の定、兵舎の裏手にデュークと二人の軍人がいた。デュークはほぼ無言で、二人の軍人が何かをまくし立てている。けれど、声そのものが低く、聞き取り難い。物陰から拾えた言葉は切れ切れであった。
「――と――だから、身のほどを――いくらあいつが――だとしても――っ」
身のほど。
あいつというのは、アルバのことだと、リィアには思えた。
つまり、アルバの快進撃が面白くない人間がいて、こうしてアルバの上官であるデュークに言いがかりを付けているということか。
くだらない。
リィアは心が冷えた。
階級も家柄も関係ない、実力勝負。試合はそうしたもののはずだ。
なのに、どうしてこう体面を気にして喚く輩がいるのだろう。上下関係が大事だというのなら、もっと堂々とすればいい。隠れて文句を言う方が、余程みっともない。
こういう、うじうじジメジメした気質が、リィアは大嫌いだった。
「あ! 隊長、こんなところにいらっしゃったんですね? 試合が始まってしまいますよ!」
わざと、何も知らないといった顔をして彼らの会話に割り込んでやった。二人の軍人は、リィアの出現に少し怯む。さすがに、女性のリィアにそうした狭量な部分を見せたくはなかったのかも知れない。その程度のプライドならばあるのだ。
小さく舌打ちする音がして、二人は去った。その後姿に、リィアは顔をしかめる。
そんな様子を見て、デュークは低く笑った。
「お前にしちゃ、上出来な反応だな」
「ええ?」
「話、聞いてたんだろ? あいつらに食ってかからなかったのは上出来だ」
う、とリィアは言葉に詰まる。
本当なら、みっともないことをするなと言ってやりたかった。けれど、こんなことは本当に今後いくらでもあるのだと思う。だから、いちいち取り合っていてはいけない。
「あんなの、まだマトモな方だ。特に俺は身分なんてない立場だからな。人一倍ああいうのには絡まれやすいから、慣れたもんだ。ターフェア中尉も絡まれてるんじゃないかと思うぞ。……まあ、俺やアルバのことくらいなら聞き流せばいい。ただ、その難癖がルナス様のことにまで及ぶようなら容赦はしないが」
一方的に言いたいように言わせてやれば、相手は手ごたえのなさに肩透かしを食って引き上げる。下手に言い返せば長引く、とそう言うことなのだろう。その姿勢がリィアにはわからなくもない。
「お前も、お前がなんて言おうと女なんだから、ルナス様のお陰で随分軽減されてはいても、無駄に絡まれることは多いんだろ?」
「……まあ、多少は」
と、リィアがつぶやくと、デュークは肩を揺らして小さく嘆息した。
「そうだとしても、それは自分の力で乗り切らなくては、こんな社会で生きて行けない。降りかかる火の粉は自分で払うしかないんだ。軍はそうした、欲や陰謀が渦巻く場なんだからな」
栄達の道がすべてであると考える者が多く、他者を押しのけてでも自分が駆け上がりたいと願う。そうした泥沼に自分たちはいるのだと、デュークは言う。
けれど、少なくともデュークがそうした場所に身を沈めるのは、ルナスの存在があるからなのだと思う。
「わかっています」
リィアが力強くうなずくと、デュークが少し疑わしげに目を細めたことがリィアには心外であった。けれど、デュークは軽く言った。
「さてと。じゃあ、戻るぞ。アルバの戦いを見届けてやらないとな」
はい、と返事をして、リィアはデュークの後に続くのだった。




