〈18〉労いと励まし
負けてしまったけれど、デュークは気落ちした風でもなかった。ルナスの部屋でメーディのいれた茶をすすりつつ、ぽつりと言う。
「パール様たちには申し訳ありませんが、あれはさすがに無理です」
「そうですね、あの方、きっと今年も決勝まで行かれるのではないでしょうか?」
と、リィアもそうフォローする。
「隊長、去年よりは格好の付く負け方でしたよ」
笑顔で述べたアルバの一言は、フォローであったかどうかは怪しい。デュークは白けた様子で嘆息する。
「そりゃあよかった」
ルナスもクスクスと笑った。
「デューク、手ごたえのある相手と戦えてよかったじゃないか。今回の試合は、きっと今後の糧となるよ」
そんな主に、デュークも穏やかに笑い返す。
「そうですね。負けたけど、楽しかったですよ」
それから、デュークはアルバを見遣るとピシリとひと言、
「お前は宣言通り優勝して来いよ」
と言い放った。
アルバははいはい、と笑う。次は準決勝だというのに、アルバには気負った様子もない。いつもながらの自然体である。
アルバが勝ち進むのは嬉しいのだけれど、その目的が判然としないままでは、リィアとしても素直に喜べないのである。かと言って、訊ねたところでまだ教えてはくれないのだろうけれど。
そうして、その翌日、準決勝戦の朝。
アルバを送り出そうとするルナスたちのもとへ、意外なような、意外でもないような人物が訪れた。
「おや、兄さん」
アルバの口調は淡々としていた。
それに対し、兄のエルナは落ち着きなく、大きな身振り手振りであった。
「ア、アルバ、お、落ち着いてな? 落ち着いて」
「兄さんよりも余程落ち着いていますけれど?」
冷ややかな笑顔で言い放つ弟に、エルナは少し寂しそうだった。
「お前の激励に来てくれたんだろ。そういうこと言うなよな」
と、デュークが呆れたようにつぶやく。けれど、アルバは気にした風でもない。
「なんですか? 俺、何かおかしなこと言いましたか?」
そんな彼らに、ルナスは麗しく微笑んで言った。
「アルバとしては少し気恥ずかしさもあるのだ。エルナ、何も君が疎ましいわけではないのだから、気にせずともよい。君の気持ちは、きっとアルバの力となるはずだ」
ルナスにそう言われると、アルバは言い返すこともできずに複雑な面持ちであった。なんとなく、調子に乗るので止めてほしいといった様子に見えるのは、きっとリィアの気のせいだ。
エルナはルナスに声をかけられ、どこか嬉しそうである。
「ルナス様は相変わらずお優しいですね。誰がどう言おうと、アルバはあなた様にお仕えできて幸せだと僕は思います」
まっすぐに、そんなことを言う。エルナは本当に軍人らしくはないけれど、あたたかい。
「ありがとう」
ルナスが礼を述べると、エルナはにこりと微笑んだ。そんな彼をじっと見ていたリィアに、エルナはようやく気付いたようだ。そうして、ああっ、と大きな声を上げる。
「君、君」
「あ、はい」
「君、ヴァーレンティン中佐の娘さんだよね?」
「そうです」
女兵士など、まだまだ珍しいのだ。噂が飛び交っていても仕方がない。
こうしたやり取りも、何度目だかわからないほどだ。
けれど、エルナはふわふわとした笑顔で言う。
「そっかぁ。うん、評判になってたから、一度会ってみたかったんだ」
「評判、ですか?」
リィアが小首を傾げると、エルナは大きくうなずいた。
「うん。すごく可愛い娘だってみんな騒いでたよ」
「え!?」
驚いてリィアが顔を隠すようにして頬に手を当てると、横から冷ややかなデュークの声がした。
「女がほとんどいないんだから、そりゃあ他と比べようもないからよく見え――」
赤面していたリィアは、その一瞬で冷めた。デュークの足にかかとを力強く落とし、その上ぐりぐりと踏みにじる。痛かったのか、デュークは憤慨した。
「おまっ、上官に対して――!」
返事の代わりに更に冷たい視線を投げると、デュークは黙った。
そんな光景を眺めつつ、レイルは興味深げな様子でメーディにつぶやいた。
「メーディ様、あれはセクハラというやつですか?」
「そうだねぇ。そうかも知れないねぇ」
好々爺然とした面持ちで、メーディは適当に答えていた。
そんなのどかな朝の一幕が、アルバにとってプラスであったのか、どうでもよいことであったのかはわからない。




