〈16〉大事なのは
今回は、デュークよりもアルバの方が先の試合だった。
アルバの相手はベリアール王子の護衛隊長だと言う。それなりの腕前ではあるのだろうが、アルバなら心配は要らない。
ただ、ベリアール王子の機嫌を損ねることになりそうなので、ルナスが苦労しなければいい、とリィアはそちらの心配をしてしまう。
ティネス=カーラ。
突剣を携えた、中肉中背の青年がアルバと共に会場の中心にいる。二十代後半の、つり目がどこか獣のような印象を受ける青年だった。後から聞くところによると、彼もまたデュークと同じように貴族出ではなく叩き上げなのだという。
開始の銅鑼が鳴り響くと、ティネスは剣を水平に構えた。
アルバはいつもと変わらぬ構えで、表情にもどこかゆとりがある。
ティネスは甲高い声を上げながら深く踏み込み、アルバに向けて高速の突きを繰り出す。観戦しているリィアたちですら目にも留まらぬ技であったのだから、正面からそれを受けているアルバには、もっと速く見えたのだと思う。
それでも、アルバは涼しい顔をしてその攻撃を、柄を上にした状態の剣で受け流していた。相手に対し、アルバの動きはほんの僅かのように見える。息もつかせない攻撃であったけれど、長引けば不利なのはティネスの方だった。鈍った瞬間を突き、アルバはその足を払った。下半身のバランスが崩れてしまえば、攻撃を繰り広げることもできなくなる。
手が止まったその次の瞬間に、アルバの剣がティネスに突き付けられ、勝敗は明確になる。
ティネスの速さに対する賞賛と共に、それを捌き切ったアルバへの歓声が巻き起こる。
ただ、前回の試合の方が白熱していたと思うのは、やはりアルバがティネスに対してはそこまでの配慮をせずに決着を着けたということかも知れない。
もともと、こうした大会は階級にこだわらずに実力を発揮すること、その戦績によって禍根を残さないことを誓うのだが、人の心はそう割り切れるものではない。特に縦社会である軍では特に。
ルナスは大丈夫だろうかとリィアが見上げると、ルナスは穏やかに微笑んでアルバの勝利に拍手を送っていた。
そうして、アルバは順調に駒を進め、準決勝へと勝ち進んだのである。
次はデュークの番だ。
デュークの対戦相手、ターフェア中尉は、こうして改めて目にすると、割と小柄であった。長身のデュークと比べると、それほど強そうにも見えない。むしろ、眼帯と切れ長の目をしたデュークの方が場数を踏んでいるように見える。
特別目立ったところもなく地味な顔立ちをしているけれど、試合が始まってしまえばそんな印象は吹き飛んでしまった。やはり、構えに隙がない。小柄だからこそ、低く固められた構えを、デュークは崩すことができるのだろうか。
アルバと鍛錬を続けるデュークが強いのはわかっている。
けれど、戦いには相性というものがある。きっと、デュークにとって、ターフェア中尉は相性の悪い、やり難い相手なのではないだろうか。デュークの様子を見ているとそう思えた。
剣を構えた両者が、距離を保ちながら動く。ジリジリと、観客を焦らすようにして間合いを詰める。
不意に動いたのはターフェア中尉の方であった。その低い一撃に、デュークは剣を返して応戦する。けれど、その表情にゆとりはなく、リィアはハラハラとその戦いを見守るのだった。
キィン、と甲高い金属音が響き渡り、二人は再び離れた。かと思う間もなく、ターフェア中尉は間髪入れずに攻撃に出る。
ただ、デュークはその瞬間に鞭を抜き、ターフェア中尉目がけて鋭く一撃を放っていた。パァン、としなる鞭が床に叩き付けられる音がして、会場は騒然となった。
それでも、ターフェア中尉はそれを跳躍してかわしていた。そのままの流れで、デュークに斬り込む。デュークは剣を持つ片腕一本で防戦したけれど、ターフェア中尉は素早く身も軽い。
鞭による攻撃がかすりもしなかった時点で、デュークにはこの結果が見えていたのかも知れない。
「勝者、陸軍ターフェア中尉!」
赤い手旗が翻り、ターフェア中尉はデュークの脇腹に添えていた剣を下げた。
デュークは大きく嘆息し、両者は礼をして握手を交わした。
「あぁ……、デューク様、残念ですね。でも、相手がすごかったと言いますか……健闘されましたよね」
観客席でレイルがおろおろと言う。
「そうですねぇ。戻ったら労って差し上げなければ」
と、メーディもにこやかに返す。
リィアは再びルナスを見上げた。アルバの勝利と時と同じように、ルナスは会場に向けて笑顔で拍手を送っていた。その表情は穏やかであった。
ルナスにとっては、結果など関係ないのだろう。
デュークが全力でがんばった、そのことに対する労いの意味と、それを上回ったターフェア中尉への素直な賞賛。それを拍手に込めていたのではないだろうか。
そう、大事なのは結果ばかりではないと言うように。




