《15》パール
大会が始まって今日で三日目。
今日の試合に勝てば準決勝ということらしい。
「お二方とも、気を引き締めてがんばって下さいね!」
対戦場に向かうデュークとアルバに、リィアは拳を握り締めて激励する。ルナスも含め、皆で見送りに来たのだった。
「隊長も、最初から諦めちゃ駄目ですよ」
「お前、偉そうだな」
ぼそりと言うデュークに、リィアはムッとして返す。
「励ましてるのに、なんでそういうことを仰るんですか」
「ああ、お前の声は甲高くてうるさい」
ひどい言い草だ。
リィアが更に言い返そうとした瞬間に、遠くからリィアよりも更に高く澄んだ声が飛んだ。
「ルナ兄様!」
皆が同時に振り向くと、そこには光を振り撒くような美少女がいた。
まだ幼いけれど、陽に透けるほど色素の薄い銀髪。長い睫毛とつぶらな愛くるしい瞳。
ふわりと長い髪が、彼女が走るたびに広がり、それはまるで天使の翼のようであった。純白のドレスが彼女の清らかさを存分に表している。
将来、間違いなく嬋娟たる美女に成長するに違いない。
「パール」
ルナスは手を広げ、そんな妹を優しく抱き止めた。
リィアはそんな光景に見とれてしまった。絵画のような、夢のような瞬間だった。
美しい兄妹は、その場のすべての人々の目をさらう。
「どうした? パールも誰かの見送りに来たのかい?」
すると、姫はルナスに抱き上げられたままで笑った。
「そうよ。カールのためにもデュークに負けちゃ駄目って言いに来たの」
姫が駆けて来た方角には、爽やかに苦笑するカルソニー=シーター大尉の姿があった。デュークはパールの言葉に苦い顔をするけれど、ルナスは楽しげに笑っていた。
「死力は尽くしますが、こればかりは……」
「だから、始まる前から諦めちゃ駄目だって言うんです」
リィアがぼそりと口を挟むと、パールはその可愛らしい顔をリィアに向けた。そしてパッと顔を輝かせると、ルナスに下ろすように催促する。自由になると、パールはリィアの手を取った。突然のことに、リィアが驚いてかしずくと、同じ目線のパールは微笑む。
「あなたがリィアね?」
「は、はい、王女殿下」
「そういう呼び方、嫌いよ」
ぷぅ、と頬を膨らませる様子が、抱き締めたいほどに可愛かった。こんな妹がいるルナスが羨ましくなる。
「では、なんとお呼びすれば……」
リィアが問うと、パールは再び微笑む。
「パールって呼んで」
「了解しました、パール様」
すると、パールは更に嬉しそうに見えた。
「ルナ兄様からお聞きして、会いたいと思っていたの。女性はただでさえ珍しいのに、リィアは綺麗だし、優しそうだし、ルナ兄様いいなぁ」
綺麗、と言われると複雑である。どう見ても、この兄妹に比べられると自分は凡人のレベルでしかない。
けれど、ルナスも楽しげに笑っている。
「ねえ、リィア、私のところへいつでも来てね」
無邪気にそう言うパールに、リィアも笑って返す。
「はい。またそのうちに伺いますね」
すると、パールは違う、と再び頬を膨らませた。
「そうじゃなくて、私の隊に入ってねってこと」
「ええ!」
素っ頓狂なリィアの声に、黙って聞いていたアルバが吹き出した。それから、笑いを堪えて言うのだった。
「パール様、引き抜きはもっとこっそりとお願いします」
「ええ~。でも、アルバは来なくていいわ。ルナ兄様をお願いね」
「はい」
奔放な幼い姫は、言いたいことを言う。それでも、皆、この姫を大切にしているのだろう。王や不仲の王子たちでさえも。
「パール、今日は誰と観戦するのかな?」
ルナスが穏やかに訊ねると、パールは首を傾げてみせた。
「今日はアル兄様!」
パールは独特の呼び名で呼ぶ。アル兄様とは、ベリアール王子のことらしい。ちなみに、コーランデル王子はラン兄様だと言う。
「そうか。今回はアルバとベリルのところのティネスが当たる。私は顔を見せぬ方がいいな」
「あ、本当ね。アル兄様ってそういうところがコドモね」
と、おしゃまな口調で嘆息する。
「じゃあ、またね!」
パールは大きく手を振ると、こちらに会釈するシーター大尉と共に去った。
小さな台風と言うべきか、一同は呆然と見守るばかりであった。そんな中、ルナスはリィアに聞かせるようにしてつぶやく。
「パールはね、コーラルと同じ母君から産まれている。私とは異母兄妹ということになるのだが、それでも私には可愛い妹だよ」
リィアはくすりと笑った。
「はい。わたしにも妹が……とはいっても、ひとつしか違わないのですが、それでも可愛いものですからわかります」
パールのもたらしたひと時は、これから試合に臨むデュークとアルバにとっては、いい気分転換になったのかも知れない。二人とも、緊張が解れていたように思う。




