〈14〉疑惑
コーランデル王子が去った後、アルバはリィアが潜む方向に顔を向けていた。
「リィア、そろそろ出て来い」
「っ……」
潜んでいるのが誰かまでバレている。
リィアは隠しようのない気まずさを持て余しながらアルバの前に立った。
「……コーランデル王子からのお誘いがあったのですね」
ぼそ、とつぶやくと、アルバは口の端を持ち上げて笑った。
「最初にお声をかけて頂いたのは、ルナス様のもとへ来る前だったかも知れないな。最近は何も仰られなかったし、俺のことなんて忘れていると思っていたんだが」
「あの方に認められるというのは大変なことだとお聞きしましたよ。……その、副隊長は、心が揺れたりはなさらないのですか?」
アルバの口調はあっさりとしたものだった。けれど、リィアはちゃんと言葉にして示してほしかった。
あの誘いに乗って、ルナスを見捨ててしまわないと。
「コーランデル様は実直なお方だ。あのお立場では生きにくいほどに。俺が偉そうに言うことでもないが、そのことが少しばかり心配ではある。それでも、俺にはどうすることもできないからな」
もっと明確な言葉がほしいのに、アルバの言葉は曖昧に響いた。
「ルナス様は、副隊長がコーランデル様に望まれていると知っておいでなのですか?」
不満が顔に表れていたのだろうか。アルバは苦笑した。
「どうだろうな? コーランデル様が自らルナス様にお声をかけることはあまりないから、ご存じないかも知れないな」
アルバもまた、自ら言うつもりはないようだ。言えば、ルナスは弟に遠慮するだろうか。
もしかすると、するかも知れない。リィアはふとそう思った。
そんな時、アルバがそっとつぶやいた。
「さっきのこと、ルナス様や隊長には口外しないようにな」
「それは……」
「ルナス様は幅広く色々なことを考えるお方だから、心労の種を増やしてはいけない。隊長は――ひたすらにうるさいから」
確かに、その通りだ。
けれど、ほんの少しの疑惑がリィアの頭をかすめた。
アルバ自身があの密会をやましく感じる心があるのではないかと。
ルナスとコーランデル王子との間で、心が揺れているのではないかと。
純粋に自分の力を認め、欲してくれる主に仕えることは、武人として最高の喜びなのではないかと。
武力を否定するルナスには、そうした争いに対する武勲は見込めないのだから。
そんな勘繰りを遮るように、不意にアルバがさて、と言った。
「そろそろ戻ろうか」
「あ、はい」
「じゃあ、先に行ってくれ」
「先に? 行き先は同じでしょう?」
と、リィアが小首を傾げると、アルバは呆れたような顔をした。
「この暗がりからお前と一緒に出て行ったのでは、目撃者にどんな噂を立てられるか。コーランデル様のことよりも、そちらの方がよほど払拭しがたい」
「え?」
「わからないならそれでいいから、先に行け」
有無を言わせぬ口調に、リィアは渋々従ってその場を離れるのだった。
ただ、やはりすっきりとしない心持ちではあった。
アルバは、本当によくわからない人だ。
※ ※ ※
そうして、リィアが戻ってからしばらくしてアルバがルナスの居室へ現れた。リィアはとにかく、会えなかったとしか言えずにいた。そんな嘘が、果たしてルナスに通用したのかが不安である。
「すみません、少々野暮用で」
爽やかに微笑みつつ、アルバはいつもの定位置、円卓の一角に座るのだった。
「野暮用? どうせ、生意気だとか言って絡まれてたんだろ」
デュークが軽く笑う。
「目立つと面倒ですよね」
アルバは嘘のひとつもつかずにその場をやり過ごしてしまうのだ。やはり、食えない。
「そういう面倒が一番嫌いだって、お前はいつも実力を発揮しなかったんだろ。それが今回は優勝目指してるんだからな。仕方ない」
「はいはい。ところで、このままで行くと、次の次は俺と隊長が当たりますね」
その言葉を拾ったレイルが目を瞬かせる。
「わぁ、それは楽しみです!」
すると、デュークは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「どうしたんですか、隊長?」
リィアが尋ねると、ルナスが苦笑する。
「デュークの次の対戦相手は、確かエルナと対戦していた彼だね?」
はい、とデュークは嘆息した。その悄然とした様子に、リィアは首を傾げるばかりであった。
「それがどうかされましたか?」
その問いに、アルバが答える。
「身内の俺がこう言っては身もふたもないが、兄が相手だから彼は手加減をしていた。本来の彼は相当に強い。隊長も苦戦するはずだ」
なんて辛辣な弟なのだか。けれど、残念ながらそれは事実だ。
「確か、去年は準優勝だった。優勝者は昇級して今年からは試合に出ないような階級になってるから、正直言って一番厄介だ」
「そう言われて見ると、そうでしたかねぇ。慎ましやかな方なので、それほど注目されていたことも一年も経ってしまうと忘れ去られるものなのですね」
メーディは少し驚いた風だった。
「ああ。確か、準優勝という成績のために中尉まで昇格したのではなかったかな?」
と、ルナスも補足してくれた。
あの青年の顔が、リィアには思い出せない。勝者だというのに、エルナの方が印象深かった。
本当に、控えめで物静かな人だった。
「アルバの対戦相手は、確かベリルのところの護衛隊長だったな」
「はい」
ルナスに向かってうなずくアルバに、デュークは目を細めた。
「お前、コーランデル様に続いて、今度はベリアール様のか。恨み買いそうなのばっかり引いてるな」
「はは、どうせ全員退けなければいけないんですから、誰であろうと同じことですよ」
他の誰でもなくアルバが言うからこそ納得できる言葉だった。




