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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
疑惑の章

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〈13〉密会

「あれ? 隊長、副隊長はご一緒ではないのですか?」


 ルナスの居室に一人で戻って来たデュークに、リィアは首をかしげた。


「見当たらなかったし、ほっといてもそのうち来るだろ」


 確かにそうだ。

 そうなのだけれど、リィアは言いようのない不安を感じた。上手く言葉にできもしないような程度のものだけれど、嫌な予感がしてしまう。けれど、その不安を周りに覚られないようにわざと明るく言った。


「あの、わたし、そこまで見て来ますね」


 ルナスの目がリィアに留まる。その澄んだ瞳は、浅はかな心の中まで見通すようで、リィアは少し落ち着かない気分になる。とっさに目をそらしてしまい、ポットを手にしたメーディの脇をすり抜けて、そのまま部屋を出た。



 考えすぎだと思う。

 引抜きを待っているのではないかなどと言う、何も知らない連中の声を耳にしただけで真に受ける必要なんてない。アルバはいつだってルナスのことを考えている。自分の栄達のためにルナスを見捨てたりはしないと思う。

 ただ、そう思うのはリィアの願望で、それをアルバに押し付けているのではないだろうか。あれだけの実力を持っていれば、上を目指したいのは当たり前だ。


 早く、馬鹿なことを考えていたものだと笑い飛ばしてほしい。だからリィアはアルバを捜した。

 兵舎にはまだ戻っていないと思うから、会場までの道のりを行く。ただ、ふとその途中で横道にそれてみた。何故そんなことをしたのか、自分でもよくわからない。

 ほぼ直感的に足が動いた。


 数本の木が立ち並び、伸びた枝が夕焼けに浮かんでいる。日が落ちて行く中、アルバは木の下にいた。リィアはほっとして声をかけようとしたけれど、その声を瞬時に飲み込んだ。

 木の陰には、もう一人の人物がいた。

 夕焼けに染まった短い髪。長身のアルバよりも少しだけ背が低いけれど、その存在感は別格であった。高貴な装いであっても、弱々しさの一切ないその貴人は――。

 リィアはとっさに茂みの中へしゃがんで身を隠した。その隙間から、こっそりと二人を覗き見る。


「――アルバトル」


 コーランデル王子の声を、リィアは初めて耳にした。声さえもどこか硬質に感じられる。


「はい」


 アルバはそんなコーランデルに臆することもなく、軽やかな声で答えた。けれど、コーランデル王子の声は変わらなかった。むしろ、いっそうの凄みを帯びて行く。


「貴様、先ほどの試合はなんだ?」

「何と申されましても、返答致しかねますが?」


 誰に対しても、アルバの態度は一貫している。その度胸に感心している場合ではないけれど。

 コーランデル王子は更に厳しい口調になる。


「あれほど長引かせる必要はなかった。貴様がそのつもりであれば、瞬時に決着が付いたであろう」


 あの緊迫した戦いは、アルバが接戦を演じていたと言うのだ。


「オーランや私の立場を考慮してのことか?」


 アルバが圧勝してしまえば、二人の名誉に傷が付く。アルバはだからこそ戦いを長引かせたと。

 コーランデル王子の言葉に、アルバは微笑する。どこまでも食えない笑顔だ。


「お好きなようにお受け取り下さい」


 この距離だというのに、コーランデル王子の息をつく音が聞こえた気がした。

 リィアはアルバの不敬とも取れる態度にハラハラしつつも、ただ成り行きを見守った。

 そうして。


「アルバトル」

「はい」


 コーランデル王子は先ほどとは打って変わって呆れたような声音になる。

 リィアの心臓が早鐘のように打った。その鼓動を押さえ込むように手を添えて、その先を見守る。


「私のもとへ来いと何度言わせる?」


 そんな言葉を、アルバは苦笑するだけだった。


「そう仰られましても」


 コーランデル王子は嘆息した。

 けれど、その次の瞬間にはカッと目を見開き、滔々と語るのであった。


「あの兄に、貴様が使いこなせるとは思えぬ。貴様は何故、あのぬるま湯に身を沈める? この国には、強き力が必要なのだ。力のある者が、力なき者を守る――貴様には、その生まれ持った才を発揮する義務があるのではないのか」


 熱く、まっすぐなその声。その思想。

 冷徹とは誰が言ったのか。まるで正反対の心。

 それでも、アルバは静かに答える。


「俺は、俺の心が感じるままに主を選ばせて頂きます。俺を望んで下さるのなら、俺が忠誠を捧げるに相応しいと感じるものを示して頂きたい。そうしたなら、俺はあなた様を選びますよ」


 家臣が主を選ぶと言う。

 アルバはどこまでも奔放だ。それは、傲慢なほどに。

 けれど、それだけの実力を認めてしまっているコーランデル王子には、苦々しい面持ちをするだけであった。


「時々、斬り殺してやりたくなる」

「どうぞ、ご随意に」


 笑顔でそんなことを言う。

 アルバは殺されても意に染まぬ相手には従わないのだろう。

 コーランデルは顔をしかめた。けれど、その表情は嫌悪ではなかったように思う。猛獣ほど従える甲斐があるとでもいうような、どこか楽しげな響きすらある声だった。


「貴様というやつは……。まあいいだろう。今にその憎らしい首を縦に振らせてやる。――ところで、そこで話を聞いているネズミは、兄上の配下か?」


 ぎくり、とリィアは身を硬くした。最初から気付かれていたようだ。


「まあ、そうなのですが、ルナス様の差し金ではありませんよ。あの者の好奇心から来る単独の行動です」

「だろうな」


 と、それだけをつぶやくとコーランデル王子は外衣をはためかせてきびすを返した。そうして、薄闇の中へ消えて行く。


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