〈12〉アルバvs
アルバの出番は、後ろから数えた方が早いくらいだった。
颯爽と登場したアルバと、重厚感のあるオーラン。二人はあまりに対照的だった。
オーランは三十歳前後くらいだろう。首が太く、がっしりと逞しい体付きに鋭い目をしていて、まるで虎のようだとリィアは思う。そばに寄るだけで息がつけなくなるような雰囲気だ。
両手持ちの大剣は、岩をも切断するという噂を耳にした。その時はまるで信じていなかったというのに、彼を目にした途端にあり得るのではないだろうかと思ってしまった。
アルバは相変わらずの微笑を浮かべ、そんな重たい空気を受け流している。
「第二王子コーランデル殿下付き護衛隊隊長、ガレオ大尉!」
「第一王子ルナクレス殿下付き護衛隊副隊長、ロヴァンス中尉!」
前へと促され、二人は登場する。それぞれ、主に一礼すると向かい合った。
ルナスは落ち着き払った様子で見守り、コーランデルは姫との語らいの時に見せていたような穏やかさが嘘のように、鷹のような眼を会場に向けていた。
やはり、彼にとっては配下であろうとルナスに敗北することは許されないのかも知れない。
間に立つ審判も、どこか顔が強張っている。
「始め!!」
銅鑼の音と共に審判が下がった。
その途端、アルバの顔から微笑が消えた。リィアが知るどんな時よりも真剣な目をして、オーランを見据えている。手にした剣は、オーランの大剣と比べてしまえばあまりに脆弱に思われた。その腕さえ、オーランの丸太のような腕より華奢にさえ感じる。
けれど、その実力を誰よりも肌で感じ取ったのはオーランであったはずだ。
会場は、デュークたちの試合の時と同じ場所とは思われないほどの静けさだった。対峙する二人の靴が擦れる音まで聞こえるような気がした。
ジリジリと、二人は徐々に間を詰める。
最初の一閃はオーランであった。凄まじい破壊力の一撃を薙ぐ。
普通の対戦相手にあれほどの一撃を見舞ったなら、その相手は肉塊へと変貌していたのではないだろうか。アルバが相手だからこそ、オーランも加減を知らない。
アルバはその剣の風圧も計算したかのような動きでオーランの横に回り、斜め下から上に向けて斬り込む。けれど、オーランはその剣の重量を感じさせない俊敏さでそれを払った。
昨日の試合で、オーランはその剣を何度振るっていただろうか。
今にして思えば、昨日の彼の対戦相手は、オーランの空気に飲まれてしまって、ろくに切り込むことすらできていなかったように思う。そんな相手だからこそ、彼は軽く払っただけに過ぎなかった。
自分の実力を存分に発揮できるアルバとの対戦が、もしかするとオーランにとっても幸運なことであったのかも知れない。
アルバの手数に対し、オーランの攻撃は少ない。けれど、あの大剣は防御にも長けているようで、その長い刀身を広く使い、アルバの攻撃を防いでいた。
リィアに限らず、その場の誰もが息を飲んでいた。
指先が痺れたように震え、リィアは手を組み合わせて祈る。
コーランデル王子に認められた実力者。だとするのなら、コーランデル王子とはどれほどの強さを持つのだろう。ルナスが敵わないと口にするほどの人なのだから。
アルバは、不意に戦闘の流れを変えた。
手数を減らし、オーランを中心に回り込むようにして移動する。背後を取ると、そこから一閃。
けれど、オーランは素早く上半身をねじるようにしてその攻撃を止めた。小さく漏れる観客の声がある。まるで後頭部に目があるのではないかと思うような動きだった。
けれど、それはアルバの仕掛けた罠と言ってもよかった。
無理な体勢から次に繋げるためには、ほんの少しの隙ができる。アルバはその間隙を生み出すために仕掛けたのだ。
接触した大剣から、自分の剣を滑らせるようにして、剣の刃をオーランの頚動脈に添わせる。その一瞬の出来事に、会場は静まり返った。
麗らかな日差しの青空の中、アルバの静止した剣の照り返しが、観客席のリィアたちのところまで眩しく感じられた。
勝利の瞬間から遅れて、誰かが叫び声を上げた。その声は次第に伝播する。歓声と言うにはあまりにも大きなその声の渦は、会場の二人を巻き込む。
リィアもその時は夢中で叫んでいた。アルバの勝利が嬉しくて、気付けば涙が滲んでいた。隣のレイルが困惑したけれど、リィアは昂る感情を抑えられなかった。
遠くのルナスを見上げると、立ち上がっていたルナスは落ち着いた面持ちだった。リィアのように取り乱すことはなく、その様子は何かを思案している風でもあった。
そして。
コーランデルは、再び獲物を狙う鷹のような目を会場に向けていた。
その鋭い視線に、リィアの興奮は冷水を浴びせられたように落ち着くのだった。




