〈11〉来るべくして
口さがない者たちが無責任に交わす言葉を信じるわけではない。
けれど、リィアはふと思ってしまったのだ。
メーディは昔から教育係としてルナスのそばにいる。そのメーディに見習いとして付いているレイルは論外として、デュークやアルバはどういった経緯でルナスの護衛に就くことになったのだろう。
翌朝、再びルナスのもとに集った面々を眺めながら、リィアはぽつりと言う。
「隊長と副隊長は、何故ルナス様の護衛に抜擢されたのですか?」
すると、デュークとアルバは顔を見合わせた。そうして、アルバは笑った。
「俺は色々なところを回されて、最終的にここに行き着いただけだ」
上官をノイローゼにしたというのは本当だろうか。色々な意味で恐ろしい人だ。
アルバの口調があまりに軽くて、リィアは妙に不安になった。執着を感じられない。
もともと、アルバはそうした気質なのだとは思う。それでも、新参のリィアでさえ、ルナスとそれを囲む面々の結束は固いと感じている。執着の薄いアルバであっても、この場所は特別なはずだ、と。
この輪が乱れることなど起こってほしくはないけれど。
俺は、とデュークは小さくつぶやく。
「俺は平民の出だからな。下の方を這いずり回っていた時に、たまたま行事で王室の方々の護衛に出向くことがあった。そうは言っても、何百人っている中の一人に過ぎなかったんだけどな。多少の騒動があった時、一兵卒に過ぎなかった俺にも、ルナス様はあたたかくお声をかけて下さった。そのお心に心酔して、俺は必死で精進してここを希望したんだ」
ルナスも当時を思い出すように、懐かしむような目をした。
デュークの忠誠は、リィアも疑ってはいない。時々うっとうしいと思えるほどの熱意を見せる。
「最初は色々とうるさく言う輩もおりましたが、ルナス様ご自身のお声を尊重してデューク殿を登用したわけなのですよ」
平民だ、貴族だ、とそんな身分よりも、主に対する忠誠心の強さの方がよほど重要である。
人事のように感心している場合ではない。
リィアもデュークに負けないほどの忠誠心を持ち、ルナスを支えて行かねばならないのだから。ルナスがそうした忠誠に相応しい人物であると気付けなかった時間が惜しく感じられる。
アルバは静かにそんな会話を聞いていた。微笑のままに。
彼が何を思っているのかは、誰にもわからない。
もしかすると、主君であるルナスだけはアルバの考えを見抜いているのだろうか。
ただ、もし仮にアルバが配属の移転を願い出た時、ルナスはどうするのだろう。そんなことはないと思うけれど、もしそんなことが起こった時には、ルナスがアルバを引き止めることなどないのではないだろうか。
そんな気がしてしまう。
ルナスは誰かを縛り付けるようなことは望まないと、そう思うから。
本心でどんなに願っていても、心が自分から離れてしまったと感じ取れば、ルナスは静かに見送るのだろう。
リィアが思わず口を開いたのは、一体誰のためであったのかもわからない。
「隊長も副隊長もきっと、ルナス様のもとへ来るべくして来たのですよ。ルナス様と共にあるために」
デュークもアルバも驚いたような顔をしたけれど、ルナスはそっと微笑んだ。
「ああ、そうだと嬉しいね」
わたしも、とはまだ言えなかったけれど、心のどこかではそう思っていたのも事実だった。
※ ※ ※
大会二日目である。
昨日ほどの試合数はないけれど、ひとつひとつの試合の技術や白熱具合は上である。今日は昨日よりも近くて正面から観られるいい席を取れた。
そこからまたルナスのいる王族席に目を向けると、ルナスは一人のようだった。今日はパール姫はいないらしい。そのままふと、隣のスペースのコーランデル王子に目を止めると、冷徹と噂されるほどの人が、穏やかな笑みを浮かべていた。何度か、小さくうなずいている。
その様子から、姫は今日、あそこにいるのではないかと思われた。
不仲な兄弟たちだけれど、末の姫だけは皆に愛されているのだろう。
昨日はうるさかったと言われてしまったリィアは、極力叫ばないように気を付けた。ただ、その分余計に力が入り、隣にいたレイルの背中をバシバシと叩いたり、急に抱き付いたりしてしまった。
それをリィアが反省するのはしばらく先のことである。
そうして、先に巡って来たのはデュークの試合の方であった。
パール姫の護衛である青年は、見目も麗しく優雅で言われずとも貴族の令息であると知れた。ただ、それを言ってしまうと、ツァルドも貴族令息なのだが、タイプが真逆だった。
女性に人気がありそうな甘いマスクと爽やかさを持った対戦相手と比べると、デュークは眼帯のせいもあって陰鬱に見える。
きゃあきゃあと、侍女たちの黄色い声援が対戦相手に飛んでいた。
「第一王子、ルナクレス殿下付き護衛隊隊長、ラーズ大尉!」
「第一王女、パルティナ殿下付き護衛隊隊長、シーター大尉!」
二人はそれぞれ王族席に一礼すると、向かい合った。シーターは色素の薄い髪をサラリと揺らし、微笑を浮かべている。デュークは、お前のそういうところが気に食わないといった面持ちだった。
やはり、侍女たちの嬌声と声援が飛び交う。
これはいけない、とリィアはその場で立ち上がると、思い切り声を張り上げた。
「隊長――――っ! 絶対に勝って下さいね!!」
リィアの声は他の女性たちよりもひと際大きく、デュークはぎょっとしていた。黄色くはないけれど、声援は声援と、リィアは再び席に着いた。レイルは唖然とし、メーディは苦しそうに笑っていたけれど。
その声援のお陰かデュークは勝利し、駒を進めた。
デュークに対する女性陣からのブーイングは、当のシーター大尉が爽やかな笑顔で収めたようだ。




