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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
疑惑の章

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〈10〉世間の声

「まずは初戦突破だな。おめでとう、二人とも」


 ルナスは大会初戦を勝ち抜いた二人を自室にて労う。円卓には、いつものごとく用意されたティーセットがあった。


「ありがとうございます」


 二人は異口同音に感謝を口にすると頭を垂れた。すると、ルナスはクスクスと柔らかく声を立てる。


「私も一般席で皆と共に観戦したいものだ。リィアは随分楽しげだったね」

「え?」


 デュークは冷ややかな目をリィアに向ける。


「対戦中もお前の甲高い声がよく聞こえたぞ」

「ええっ!」


 確かに白熱した試合に何度か叫んだかも知れない。アルバの試合では叫ぶ暇もなかったけれど。

 ルナスのところまでそんな声が聞こえていたかと思うと、リィアは無性に恥ずかしくなった。次からは気を付けようと思う。


「それにしても、アルバ殿の勝利も鮮やかなものでしたね」


 メーディが穏やかな声音で言うと、アルバは苦笑する。


「相性の問題もありますからね。あの対戦相手は俺のような相手が苦手だったんでしょう」


 大抵の人間は苦手だと思うけれど、というひと言をリィアは飲み込んだ。


「ところで、お前の明日の対戦相手、コーランデル様の……だろ?」


 ため息混じりにデュークが言うけれど、アルバは平然としていた。


「そのようですね」


 事前に聞いていた情報によると、確かコーランデルは自身が認めた人間しかそばに置かないという。それ相応の強さが予期される。いくらアルバでも、楽勝とは行かないだろう。


「俺が勝ち上がれば、コーランデル様はよい気をされないでしょう。ルナス様にご迷惑をおかけすることは、俺としては本意ではないのですが――」


 ただでさえ、不仲な二人だ。ルナスの配下に自分の配下が負けるようなことになったら、コーランデルはその苛立ちをルナスに向けるかも知れない。

 けれど、ルナスはあっさりと笑っていた。


「そんな心配は無用だ。私たち兄弟間のことは、今更と言ったところだからね。アルバ、君は君が望むように動くといい」

「わかりました」


 こくりとうなずくアルバに、ルナスも満足げに微笑んだ。そんな中、レイルが小さく唸っていた。


「ええと、デューク様のお相手は――」

「ああ、パール様の護衛ですよ」


 ――パルティナ王女。

 この国には、三人の王子の他に、一人だけ姫がいた。御年八歳であり、まだ幼年であるのだが、それはそれは愛らしい姫であるという。


「パールがどちらを応援しようかと困っていたよ」


 そのひと言で、あの時観覧席から見上げたルナスが姫と一緒だったのだとわかった。楽しげなあの様子からして、ルナスは妹が可愛いのだろう。


「パール様には悪いですが、俺も勝ちに行きますよ」


 ばつが悪そうに言うデュークだったが、ルナスは楽しげである。


「勝負事だからね。それでいいと思うよ」

「はい」



 そうして、その日はお開きになった。デュークとアルバは次の試合に向けて調整したいはずだから、とルナスが早めに切り上げたのだ。

 リィアは自室へ戻る途中、兵舎の前で今日の試合のことを下級兵士たちが熱く語るのを耳にした。


「あのオーラン殿の攻撃の重さ、見たか? 受けた相手が吹き飛んでたよな!」


「それを言うなら、アルバトル殿の鮮やかさもだ。あんまりにも呆気なくて、相手がかわいそうなほどだったよ」


 アルバへの賞賛に、リィアは誇らしげな気持ちになって歩調を緩めた。


「ああ、確かにな。けどさ、アルバトル殿、去年はそれほど上位に食い込んでいなかったはずだ。今年一年で一体何があったんだろうな?」


 去年は手を抜いていたということらしい。


「アルバトル殿と言えば、その上官のデュクセル殿もすごかったな。正直、勝てると思わなかったよ」


 その一言に、周囲の面々がうなずく。


「そうそう。でもさ、考えれば考えるほどに惜しいよな」


 と、その中の一人がつぶやく。


「え? 何が?」

「だって、あの二人、あんなに強いのにルナクレス王子の護衛だろ?」

「それの何が惜しいんだ? 王太子殿下の護衛だぞ」


 リィアは、その後に続く言葉が予測できた。だからこそ、口の中に苦いものが広がるようだった。


「あまり外出なさらないあの王子には危険なんてないだろう? まあ、あの美しさだから、姫なら攫われたかも知れないけれどな」


 違いない、と哄笑が起こる。リィアはルナスに下賜された懐剣で斬り付けてやりたい衝動に駆られたが、必死で耐えた。


「あの王子のそばよりも、軍のもっと要職に就けたらいいのに。それだけの強さがあるんだから」


 ルナスにはルナスの思惑があり、こうした誤解を解かずにいる。本来の彼は、そうした惰弱な存在ではないというのに。

 公言することのできない事実が、リィアには歯がゆい。

 もう行こう、とリィアが足を速めた時、ぽつりと声が上がった。


「もしかすると、特にアルバトル殿にはどこかから引き抜きの声があるんじゃないかな?」

「……あれだけの実力がある人を眠らせておけないよな。自分の配下にと望む声があってもおかしくないってことか」


 リィアには、その会話が馬鹿げたことのように思われた。

 けれど――。


「でもさ、アルバトル殿は噂では上官をノイローゼにしたことがあるくらい気ままらしいぞ。そんな方を部下にして大丈夫なのか?」

「そりゃ、上官の方に問題があったんじゃないか? アルバトル殿が心酔するほどの方からのお誘いがあればどうだろう?」


 リィアにも、アイオラ中将という尊敬する人がいる。もし、アイオラ中将から声がかかればリィアは突っぱねることなどできない。

 だから、この話の中に不安を感じてしまった。アルバは、一体何を望んでいるのかと。


「もしかすると、アルバトル殿の今大会での意気込みは、それを待っていてのことかな?」


 そんなことが、あるのだろうか――。

 

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