〈9〉ロヴァンス兄弟
そうして、その二試合後に出て来た青年は、デュークと同じ年頃か、少しばかり上のようだった。体は引き締まり、ほどよく筋肉を蓄えているけれど、兵士とは思えないような柔和な顔立ちをしているのだ。
けれど、何故だろうか。
なんとなく懐かしいような、リィアはそんな気がした。
その謎は、名前がコールされた瞬間に氷解した。
「海軍、ロヴァンス少佐!」
ロヴァンス。つまり、彼こそがアルバの兄である。
「アルバ様の兄上のエルナ様です。今は少佐なのですね。さすがです」
レイルが憧憬を込めたような言葉をつぶやく。確かに、あの年齢にしては早い出世だ。
わぁああ、と今までに聞いたこともないような大歓声が飛ぶ。あまりの音量に、リィアは思わず顔をしかめてしまった。ただ、その声のすべてが声援であり、彼はにこやかに手を振っていた。
大した人気だ、とリィアは呆然としてしまう。これだけの人気があるのなら、彼は兵士たちの憧れということだろう。
「兄上様もお強いのですね」
リィアがぽつりと言うと、メーディは耳聡くその声を拾い、割れるような歓声の中で静かに笑っていた。
「まあ、先を見守りましょう。エルナ殿の人気の理由がきっとわかりますから」
開始の銅鑼の音が会場を揺らす。
エルナはすらりと剣を引き抜いた。対戦相手である青年の階級も名前も、エルナに対する歓声でかき消されて聞こえなかったから、誰だかよくわからない。けれど、リィアから見ても構えに隙がなかった。
対するエルナは――真剣な面持ちではあるのだが、どこか和んでしまう。アルバの兄なのだから、リィアはもちろん応援している。
けれど、どうしてだか試合の張り詰めた空気がここだけ緩い。
カン、カン、と打ち合う音がするけれど、あれは対戦相手に踊らされているというべきかも知れない。振りが大きすぎる。脇ががら空きだ。
リィアはエルナをハラハラと見守った。そして――。
ひと際大きな音が鳴り響き、エルナの剣は宙を舞った。その剣がガランと地面に落ちると、観客から大きな落胆の声が起こる。
けれど、エルナは自分の身に起こったことをすぐに理解できなかったのか、自分の手と飛んで行った剣とを見比べ、それからその手で頭をかいた。なんとも愛嬌のある仕草で、どっと笑いが起こる。
「勝者、ターフェア中尉!」
白旗が揚がり、対戦相手がエルナにぺこりと頭を下げる。階級的にはエルナよりも下である。
それでも、エルナは気にした風でもない。縦社会の軍にしては珍しく大らかな人だ。
ターフェア中尉の肩をパンパン、と叩くと、固く握手をして労う。気まずさはそこにはなく、ターフェア中尉も笑顔であった。
エルナはターフェア中尉の手を持ち上げて、一緒に観客に手を振った。観客たちは指笛を鳴らし、まるでお祭り騒ぎのように笑い声を立てた。
リィアが唖然としていると、メーディがクスクスと笑っていた。
「あれがアルバ殿の兄上ですよ。よい方でしょう?」
アルバのように才能溢れる人ではない。どちらかと言えば平凡なタイプだ。
けれど、エルナはそんな自分をよく知っているのだろう。
ないものねだりをしてしまうのではなく、誰に影響されるでもなく、自然のままの自分でいる。アルバも違った意味で流れる風のようだけれど、エルナはあたたかに包み込むような風だ。
誰からも愛される、そんな人。
「あのお人柄があるからこそ、下の者がエルナ殿を支え、付き従います。昇級が早いのもそのためでしょう」
メーディの言葉に、レイルも楽しげに微笑んでいた。
戦闘力がいかに高くとも、それだけでたくさんの部下を従えることはできない。配下の者に慕われ、この人に付いて行きたいと思わせる、それが統率力だ。
そういう点で、エルナは上に立つ器量と言えるのかも知れない。だからこそ、厄介なツァルドのような部下を付けられたのかも知れないが。
そうして、エルナの試合から三戦後、ついにアルバの初戦が繰り広げられた。
ただ、それはあまりに呆気なく、観客も呆然としてしまうような試合だった。
多分、今大会での最短記録であったのではないだろうか。
相手は陸軍少尉であったのだが、階級ばかりで戦闘力を判断することはできない。
鮮やか過ぎる勝利を収めたアルバは、抜け殻状態の対戦相手に微笑を向けている。その表情がひたすら不気味に感じられたのではないだろうか。
まばらな拍手の中、アルバは颯爽と退場するのだった。
「……本気ですね、アルバ様」
リィアもこくりとうなずく。
優勝して叶えたいアルバの願いがなんなのかリィアにはわからないけれど、その意気込みだけは伝わった。
そうして、それからも試合は続き、参加者の全員が戦って、その数は半数に減ったのだった。
本日はここで終了である。第二戦は、明日――。




