〈8〉デュークvs
「あ! 次、デューク様のようですよ」
レイルが繰り広げられている試合ではなく、その隅で待つ次の挑戦者を目ざとく発見した。
リィアもレイルが指さす方を身を乗り出して見る。そこには、いつもとは違って緊張感のある面持ちを保っているデュークが腕を組んで試合を眺めていた。
「ほんとだ! 隊長の対戦相手は――?」
今度は身をよじって反対側に首を向ける。
デュークの対戦相手は、リィアの知らない男性だった。体格的にはデュークと大差ない。髪は短く、色が浅黒い。デューク以上にピリピリとした空気を放っているように見受けられた。武器は剣のようだが、どのような使い手であるのかはわからない。
「大丈夫ですよ、デューク殿ならこんなところでは負けません。私としてはデューク殿とアルバ殿の対戦を見たいものですが」
メーディがそんなことを言う。
「確かにそうですね」
ルナス付きの二人の実力が示されたら、第一王子の護衛は閑職だと馬鹿にされることもなくなるのだろうか。
負けないと思っていても、やはり緊張してしまう。リィアは胸の前で手を組みながら次の試合を待った。
そうして、ひとつの試合が終わる。勝者は海軍のナントカいう人だった。
「第一王子、ルナクレス殿下付き護衛隊隊長、ラーズ大尉!」
歓声とも罵声とも取れる観客の声が上がる。デュークは引き締まった精悍な顔を保ったまま、対戦場の上からルナスに向けて一礼した。ルナスは大きくうなずいて返す。
アルバもどこかで見守っているのではないかと思う。
そうして、対戦者の名が呼ばれた。
「陸軍中隊長、ルマニ大尉」
くじなので、階級が同じなのは偶然だろう。
初戦からレベルの高そうな相手を引いてしまうデュークは、実力以上に運が悪いのではないかとリィアは密かに思う。
互いに礼を交わし、開戦の銅鑼が鳴る。
二人は離れた位置から剣を構えた。リィアはデュークの実力を知っている。だから、彼が初戦で敗退することはないと思っている。
けれど、あのルマニ大尉も簡単に敗北するような人物ではない。こうした大会は、本当に運が勝敗を分けるということだ。
運に左右されないためには、頭ひとつ飛び出た圧倒的な実力が必要になって来るのだろう。
睨み合った二人は、ぴくりとも動かない。
デュークには鞭という切り札があるのだが、それくらいの情報は相手に知れ渡っていても不思議はない。最初から鞭による攻撃も警戒されている様子だった。
それがわかるのか、デュークも剣のみで戦う姿勢に見える。
お互いに付け入るような隙はない。観客の中から睨み合いに対する不満の声が上がりかけた頃、先に動いたのはデュークだった。
一閃をキィンと弾かれる。けれど、デュークは斬り返しが速い。すぐに第二撃が向かう。
それでも、ルマニ大尉はその攻撃を鮮やかに防いだ。ややデュークの方が優勢で、相手は防戦で手一杯に見えた。
けれど、それはデュークの癖を見極めていたのだ。戦いながらも、ルマニ大尉は冷静にデュークのことを分析していた。どちらかと言えば、感覚的に戦うデュークにとっては、そうしたタイプは苦手だったのではないかと思う。アルバにもそういうところがある。
デュークの振りが大きくなる瞬間を見極め、ルマニ大尉はデュークの攻撃を弾いた瞬間に素早く斬り返した。
この試合において、殺生は禁じられている。普段から愛用している武器でなければ実力が発揮できないという理由から真剣勝負になってしまうのだが、殺傷することを避け、寸止めにすることが義務付けられている。対戦相手が流血した際には厳重注意、これが重なれば勝ち上がっても退場、という運びになるらしい。それが必ずとは言い切れず、負傷する兵がいるのは仕方のないことだが、今のところすべての大会で死者は出ていないようだ。
だから、敗北しても死ぬことはないけれど、リィアはデュークが敗北する瞬間に思わず甲高い声を上げてしまった。
けれど、その勝負の行方はリィアの予想を大きく裏切る。
デュークはいつの間にか左手に握っていた剣の鞘を、ルマニ大尉の首筋に叩き込む。デュークは両利きであり、左手であってもそれなりの威力があった。
手加減はしているのだろうけれど、一瞬、ルマニ大尉は息を詰まらせた。デュークはその隙に剣先を向ける。
審判の声がその場に響いた。
「勝者、ラーズ大尉!」
赤い旗が揚がる。
デュークは顔を伝う汗を拭いながら、呼吸を整えていた。ルマニ大尉は敗北を知ると、自分に対する苛立ちを顔に滲ませる。
そうして、デュークが再びルナスを見上げると、ルナスは優しく微笑んでいる。
それだけで、デュークは満足であったのかも知れない。




