〈7〉開幕
そんな日々が続き、ついに大会が開催されたのは十日後のことであった。
開会式の朝、一度ルナスのもとへ挨拶に訪れたデュークとアルバに、ルナスは優しく声をかける。
「二人が心残りのないように健闘できることを祈っているよ」
「ありがとうございます」
と、アルバは余裕の笑顔で返した。
優勝すると豪語したアルバのよりも、デュークの方が表情に硬さがある。
「隊長、もしかして緊張されているんですか?」
不参加のリィアが面白がるように言うと、デュークはムッとしてリィアを睨む。
「うるさい! 緊張なんてしてないからな!」
ぎゃあぎゃあと喚く姿に、緊張も解れたようだとルナスは苦笑する。
「さて、ルナス様は王族席ですから、私とレイルは一般観覧席で応援してますよ。よろしかったら、リィアさんも一緒にいかがですか?」
メーディがそう申し出てくれたので、リィアは力強くうなずく。
「はい、ではそうさせて頂きます!」
「ご、ご武運を」
レイルは長身の二人を見上げた。二人はうなずき、そうして皆、大会の会場となる広場へと向かうのであった。
※ ※ ※
開会式の開始を告げるラッパの音が鳴り響く。
リィアは一般観覧席から開会式の様子を見守るのだった。胸がどうしようもなく高鳴る。
開会を高らかに宣言したのは、陸軍大将フォラステロ公であった。長身と言うほどでもないが、がっしりとした体付きをした壮年の男性だ。王国二大公爵家の当主であるに相応しい風格を備えている。そして、その宣言をそばで見守る中に、リィアの憧れである女中将アイオラもいた。
宣言が終わり、大きな拍手の渦が巻き起こる。
その後、トーナメント形式の対戦となる大会の流れを説明する係の者の声を、リィアは一言一句漏らさずに聞いていた。
初戦はくじ引きによって対戦相手が決められると言う。全員がくじを引き終わると、その対戦順や相手が書き出された。遠目にそんな小さな文字は読み取れなかったけれど、対戦順に参加者が並べられた。それを見る限りでは、アルバとデュークはいきなりぶつかることはないようだ。
そのことにホッとした。
なんとなく、高みの王室席を振り返ると、そこには数名の妃と家臣に付き添われた王の姿があった。あまりじろじろと見ていい存在ではないけれど、長く波打つ黒髪に小振りな王冠を頂く姿は、ルナスとはあまり似ていない。ルナスが母親似であるのだろう。
それから少し離れた位置にルナスが、更に離れた位置に、第二王子のコーランデルと第三王子のベリアールがいた。
黒髪に、つり目がちな瞳に上向きな鼻。ベリルが最も国王に似た風貌をしている。
そして、コーランデル。
銀鼠の短髪に水面のように透明感のある瞳。けれどそれは、少しも弱々しさを感じさせない厳しいものだった。両手剣を横に置き、神妙な面持ちで会場を見下ろしている。
彼の臣も参加しているのだから、その戦績が気になるのも当然だろう。
リィアの視線は再びルナスに戻る。この距離で気付いてもらえるとは思わないけれど。
ただ、ルナスの表情はとても楽しげで、誰かと何かを話している風だった。リィアの席からではその会話相手を見ることはできない。けれど、リィアはそんなルナスの様子を意外に思った。
デュークやアルバ、メーディに対して、ルナスは全幅の信頼を置いている。常にそばにいて、それが手に取るようにわかる。新参のリィアや、メーディのそばにいるレイル、商人のスピネルなどに対してもそれなりの親しみを持って接してくれるものの、あの三人は特別に思えた。過ごした時間の長さ、濃さが違うのだろう。
だから、その三人すべてがそばにいないというのに、あんな風に笑っていることが意外であったのだ。
誰と話しているのか気になったけれど、その程度のことならば、次に会った時に尋ねれば済むことだ。それよりも、今から始まろうとしている大会初戦に集中するべきだろう。
参加者のすべてが会場の中央から引いていた。その中央に、即席の囲いが設置される。この範囲内で対戦しろと言うことだろう。
準備を終えると、高らかに名と所属を読み上げられた二人が入場する。
意外なことに、そのうちの一人はリィアの見知った顔であった。
直接の知り合いではないけれど、確か、父の部下の一人だった。頬骨が高く、四角く骨ばった印象を受けるその青年と、対照的に細身の槍使いであった。
開始の銅鑼が鳴り、リィアはもちろん父の部下を応援するのだった。
けれど、剣と槍。不利ではある。
ドキドキと、手を組んで祈るように会場を見守った。
先に動いたのは槍使いであった。その突きを、キィン、と剣が弾く。こうして遠くから眺めている何倍もの体感速度だったはずだ。その動きを見た瞬間に、リィアは彼の勝利を確信した。
そうして、その予感は的中する。
「勝者、ルルガー准尉!」
わぁ、と勝者に対する賞賛と、敗者に対する落胆が音となる。観客たちも、大会の熱気に酔いしれた。リィアは、この高揚感が癖になりそうな気がしてしまった。




