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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
疑惑の章

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〈6〉コーラル

 あの薄青い瞳に、大人でさえも真似できぬような鋭さを秘め出したのは、いつのことだっただろうか。


「兄上のお考えが、私にはわかりません」


 そう、きっぱりと薄い唇が告げた。



 ルナスの母は正妃であった。コーラルの母は側室とはいえ、それに次ぐ容姿と強力な後ろ盾を持つ女性であり、父王の寵愛も深かった。ルナスの母が病み付き、絶世と呼ばれた美しさに翳りが出て、見る見る痩せ細った頃には、父王はコーラルの母のもとへ足しげく通っていたらしい。


 ルナスの母はそのまま帰らぬ人となった。正妃には、コーラルの母が代わった。


 それはまだ、ルナスたちが幼い頃の出来事であった。けれど、その時にはすでにルナスなりに国や王といったものに対する理解を持ち、父王やその妃、コーラルたちを恨む気持ちはなかった。

 寂しく逝った母のことは憐れに思ったけれど、ルナスの母は聡明だった。常に強く、微笑んだ。

 母が笑うのであれば、自分が父王に思うところがあってはならないのだと、幼心に思ったのだ。


 そんな母の死後も、ルナスは王太子のままであった。幼い王子たちでは、誰を据えるべきなのか、まだ判断ができなかったせいなのだろうか。それとも、母が死しても尚、実家の勢力があり、廃太子を認めさせることができなかったのか――。


 ルナスが兄。コーラルが弟。

 この図式は、変わることがなかった。


 同年で異腹の弟コーラルは、融通が利かぬほどにまっすぐで、思い詰めるたちであった。

 だからこそ、白は白、黒は黒、とはっきりと目に見えていなければならないのだ。曖昧さほど、彼が嫌うものはない。

 ルナスの遠く先を見据えた姿勢は、そんなコーラルには耐え難いものであった。


「民は、強き統率者を求めています。王は、誰よりも強く在らねばなりません」


 その強さとは何か。

 それは果たして武力なのか。

 絶対的な権力のことであるのか。


「コーラル、強さとは何かな?」


 そんなルナスの問いかけに、コーラルは一瞬傷付いたような顔をした。それが落胆であったのだと気付いたのは、その顔が再び――先ほど以上に厳しくなってしまったからである。


「……どうして」


 こぼれた言葉は、戻らない。


「どうして、兄上はそうなのですか? どうして――そんなあなたが私よりも早くに産まれてしまったのですか!?」


 その問いに対する答えを、ルナス自身も持ち合わせてはいない。

 もし、逆の立場で、コーラルが兄であったとするならば、ルナスはコーラルに同じ言葉をぶつけていたかも知れない。

 だから、コーラルを責める気持ちは微塵も湧かなかった。


 コーラルは、純粋すぎるのだ。

 第二王子として産まれながらも、彼なりに自分にできることを探した。国のため、ルナスを補佐しようと思ってくれていたのだと思う。

 けれど、彼の考える強き王と、ルナスの考える相応しき王との溝が、話せば話すほどに広がって行くばかりであった。


 コーラルなりに、弱き民を撫恤ぶじゅつせんと自らに使命を課していた。無辜むこの民を守るためならば、同じ民であっても罪を犯した者には容赦しなかった。

 はっきりとした線引きが、彼の中には存在した。


 冷徹な、『諸刃の剣』。

 誰が彼をそのように呼び初めたのかは知らない。

 けれど、ルナスにとってのコーラルはそのようなものではなかった。

 弱者を守るために強くあろうと努力した彼は、愛すべき心の持ち主だ。大事な弟だ。


 コーラルがルナスを見限り、兄として敬われることはなかったとしても、それは変わらない。

 強き王が治める軍事国家、それがコーラルの目指す理想の姿であるのなら、ルナスとの思想は交わることができないのだ。だとするのなら、コーラルにとってルナスは排斥するべき障害物でしかないのかも知れない。


 いつか、対峙する時が来るのであろうか。

 わかり合える日など、幻想の産物でしかあり得ないのだろうか。

 そうだとしても、ルナスにはコーラルの考えに賛同してあげることなどできないのだ。

 これもまた、仕方のないこと。

 決別は、さだめ。


 懐かしいとさえ思える時。

 その瞬間を、ルナスは久し振りに夢に見た。

 

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