〈2〉心境の変化
「はぁああ?」
デュークが素っ頓狂な声を上げた。品位を疑うような声だが仕方がない。それほどまでに、アルバの言葉が彼らしくないものであったのだ。
「優勝って、お前がか?」
「なんですか? 真剣に大会に臨もうとしている部下に対して、隊長はどうしてそうひどいことを仰るのでしょう」
そう言ってニヤニヤと笑う顔はいつものアルバなのだが、そのセリフが今いち信用ならない。
「そりゃ、お前がやる気を出せば優勝もできるかも知れないけどな、そうした場で実力を見せたことなんてなかっただろ。どういう心境の変化だ?」
「まあ、今回ばかりは褒賞目当てとだけ言っておきましょうか」
つかみどころのないアルバは、そんなことを言う。
確かに、大会で優勝すればそれなりの褒美は与えられるはずだ。けれど、アルバにそのような欲があるとは意外だった。
性格に難があったとしても、武術に優れ、容姿は整い、家柄もよい。望めばもっと上に昇り詰めることができる逸材だということは周知であった。
そんな彼が一体何を欲しているというのだろうか。
このアルバの発言には、彼の主君たるルナスでさえ驚きを隠せないようだった。瞬きを繰り返すルナスに、アルバは含みのある微笑を向ける。
「今はまだ秘密ですよ。もし、首尾よく俺が優勝した暁にはお教えしますけれど」
「あ、うん。そうだね、では、その時を楽しみにしているよ」
「はい。ありがとうございます」
ルナスにも今は明かさないと言う。それならば、リィアが訊ねたところで教えてもらえるはずもない。諦め半分でリィアはあれこれと考えを巡らせるのだった。
では、そういうわけで、とアルバは早々に退出した。大会に向けて鍛錬をするつもりなのかも知れない。
いくらアルバが強かろうと、軍の中は猛者であふれ返っている。楽に勝てるとは言いがたい。
そこでメーディはおやおやと好々爺然とした口調で言った。
「どうなさいますか、デューク殿。今回、アルバ殿は手を抜いて下さいませんよ。あなたと対戦することもあり得るということですな」
「ぐ……」
常日頃アルバに敬意など払ってもらえてはいないが、仮にもデュークは上官である。部下であるアルバには負けたくないはずだ。
「本当ですね。隊長、のん気にお茶を飲んでいる場合ではないようですよ」
ここぞとばかりにリィアが尻馬に乗ると、デュークの隻眼に睨まれてしまった。けれど、リィアはぺろりと舌を出す。
「副隊長に負けてしまわれないよう、隊長も鍛錬して来たらいかがですか」
「お前なぁ」
苦虫を噛み潰したようなデュークの顔に、ルナスがクスクスと爽やかに笑っていた。
「私は二人の活躍を楽しみに見守らせてもらうだけだな」
ルナスはこの軍事国家ペルシの王太子でありながら、軍事国家という国の在りように否定的だった。武力で他国をけん制して侵略さえ試みた結果、この国は相手国に賠償金を支払った。
そうした武力至上主義が国を貶めたと。今はすでに武力に頼る時代ではなく、調和を見出す時なのだというのがルナスの考えなのだ。
ただ、こうした内々での向上心を高めるための大会などに対してはその限りではないようだ。話す声も穏やかなものである。
「ルナス様は出場されないのですか?」
リィアの質問は突拍子もなかったようで、彼らは面食らってしまった。
「そうだね。軍事関係者のみだから、王族は論外だ」
怪我などさせたりしたら大問題である。そう考えたら当然だった。
ただ、リィアがそう尋ねてしまったのにはわけがある。
この麗容を持つ王子が、実はその外見に見合わない実力を持つのだ。デュークやアルバに守られながらも、自身も彼らに手解きを受けては剣術の腕を磨いている。
武力を否定するならば、否定するだけの実力が必要なのだとルナスは言う。城内で必ず着用している白手袋は、その下にある剣を振るうことによってできた硬い手の平を隠すためである。
剣術の稽古も城内では絶対にしない。城を抜け出しては人目に付かないところを選んでいる。
ルナスは徹底してその実力を示そうとしない。
リィアはそれを勿体ないと思うのだが、ルナスにとってはその努力や実力を示す時は今ではないということらしい。
そんなリィアの考えが顔に出ていたのか、ルナスは苦笑する。
「でもね、私が仮に出場するとしたら、私の弟たちも出場することになるだろう。そうした時、多分私ではベリルはともかく、コーラルには勝てないよ」
第二王子、コーランデル=イムハ=ペルシ。
第三王子、ベリアール=シャト=ペルシ。
ルナスには二人の弟がいる。ただし、二人の弟はこの兄を軟弱者と謗り、寄り付きもしないのだが。
特に上の弟、コーランデルは『諸刃の剣』と称され、恐れられる人物である。
ルナスとは異腹であるため、兄とはいっても数日間の差しかなく、同年なのだ。だからこそ特に、コーランデルにとってルナスは敬うべき対象ではないのかも知れない。
冷徹にすべてをなぎ払うという彼の剣技は、そのものだけを評価するならば将軍クラスだというが、あまりの無慈悲さに付き従える者が少ないとも言われていた。
彼のような人物がルナスよりも数日早くに産まれ出ていたならば、この国はどんな運命を辿っていたのだろうか――。




