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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
調停の章

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〈23〉ルナスの心

 スピネルの馬車は城まで乗り入れることはなかった。

 ジャスパーのことはデュークがひとまず獄舎へ送り届ける。二人が去り、御者台にスピネル、荷台にルナスとアルバ、リィアが取り残された。

 ただ、スピネルは幌の中を覗き込むと笑顔で言った。


「では、我が家に参りましょう」

「え?」


 思わずルナスが声をもらした。


「おや、約束をお忘れですか?」


 そういえば、協力の暁には、自分の見立てたものを身に付けてほしいとルナスに言っていた。ルナスもようやくそれを思い出したようだ。顔が引きつっている。

 けれど、約束を違えるわけにも行かず、渋々答えるのだった。


「あ、ああ、そうだったな。わかった……」


 アルバは声を殺して笑っている。あんなことの後だというのにのどかなものだった。

 リィアは和らいだ空気の中、ようやく言うことができた。


「……ルナス様はお強かったのですね。正直、驚いてしまいました」


 見くびっていたことに対する謝罪の意味も込めての言葉だった。けれど、ルナスはその言葉を賞賛とは受け取らなかったようだ。まるで恥じ入るように目を伏せた。


「私は――未熟であるから、ああした方法しか取れなかった。恥ずべきことだな」


 リィアは驚いて言葉を重ねる。


「何を仰るのですか? あの剣筋を皆が目にしたなら、誰もがルナス様のことを見直されるはずです。あれだけの動きをされるのなら、鍛錬は欠かされなかったはず……。どうして、その努力を表に出そうとなさらないのですか?」


 当たり前の疑問だった。

 何故、その苦労を隠すのか。国状を憂い、手を打とうとしているのに、秘密裏に行動するのか。

 表立って動いたなら、誰もルナスを城から出ない『美しき盾』と揶揄したりはしないだろう。王太子としての尊敬を集め、いつかは相応しき王になることができるはずだ。

 それなのに、アルバまでもが笑顔でリィアを威圧するように言った。


「少し口を閉じているといい」

「ええ!?」


 わけがわからずに困惑するリィアを、ルナスが庇うようにして口を開く。


「リィア、私はね、武力による解決を最も嫌うのだ」


 その一言に、リィアはきょとんと首をかしげる。ルナスは凛とした瞳を向けた。


「私は、軍事国家というこの国の在りようが我慢ならない。その軍事国家を否定する私が、武力に頼った。これは、最低の行為だ」

「え……」

「武力をもって他国をけん制し、この国は生き長らえて来た。その過去のすべてを否定するわけではない。ただ、今はそうした時代ではないのだ。今後、武力は守るためだけにあればよい。この国は近い将来に生まれ変わらねば、発展して行く諸島の中で置き去りになるだろう」


 この王子は、武力を否定するために剣の腕を磨いたのだ。力のない弱き者が武力を否定したならば、誰もが嗤うばかりで耳を貸さぬことだろう。だからこそ、相応の力を身に付け、それを語れる自分になろうとした。

 根底からの変化を、この王子は求めている。


 惰弱な、美しいだけの王子だなどと、どうして思ったのだろう。

 その身には、優しげな外観から窺い知ることのできない激情が眠る。

 その強い瞳に体が震えた。

 彼が見つめるその先は、どんな未来であるのだろう――。



 スピネルの邸宅は、その手腕に相応しい豪邸であった。広々とした敷地には緑と季節の花が咲き乱れ、白く眩しい屋敷が主を迎える。

 躾の行き届いた使用人たちに奥へと通されると、スピネルはルナスを連れて別室へとこもってしまった。リィアとアルバのことは、可愛らしいスピネルの奥方が持て成してくれた。

 その奥方が去ると、アルバはリィアに視線を向ける。


「わかっているとは思うが、今回のことも他言無用だ。ルナス様のことも、あまり他で喋るな。ルナス様が今だと判断されるその時まで、ルナス様に注目が集まるのは望ましくない」


 リィアは、ルナスを馬鹿にする連中に語ってやりたい気持ちでいっぱいだった。どうして、侮られる方を選びたがるのかわからない。

 しょんぼりとしてつぶやく。


「何故、ルナス様は誤解を招きたがるのですか? 王太子ではないですか。国を憂い、力を備えた王太子だと皆が知れば、安心するに決まっています。何も悪いことなどないはずです」


 その声が聞こえたのか、いつの間にやらスピネルが室内にいた。ゆっくりと扉を閉めると、テーブルの一角に腰を据える。そうして、リィアに微笑んだ。


「だからなのですよ」

「え?」

「王太子であらせられるからこそ、殿下はご自分をさらすことができないのです」


 その意味がリィアには理解できず、首を傾げてしまった。スピネルは苦笑する。


「アリュルージとの敗戦以降、民心は国王陛下から離れてしまいました。これは、隠しようのない事実です」

「それは……」


 リィアにもフォローなどできない。いかに王であろうとも、あの戦は失策でしかないのだ。


「陛下には陛下なりのお考えがあってのことであったのだと思います。それでも、民にはそれを受け入れることができません。……そんな時、王太子殿下が高い能力を発揮したならばどうなりますか?」


 次の王として期待するだろう。

 王太子は、民の希望となる。生きる気力となる。

 その治世が早く訪れることを願う。

 一体、それの何がいけないと言うのだろう。


 すると、アルバが口を挟んだ。


「陛下に退位を迫る動きが起こるだろう。一時的に国は荒れる」

「あ……」

「今、この国は賠償を終えたばかりで国力にも不安がある。そんな時に国の頂点が揺るいでいては、レイヤーナのネストリュート王に付け入られると懸念すべきだ。少なくとも、ルナス様はそれを考えておられる」


 そうして、スピネルも静かに続けた。

 

「ただ、殿下ご自身は、ご自分を優れた人物だとお思いではおられないようですが。殿下の軍事国家を否定される思想が、この国において特殊であるからこそなのです。この不安定な時期に王位に就こうものならば、軍事力を削ることなどできません。大多数の家臣に諌められ、結局、殿下の思想は夢に終わってしまいます。そうならないためにも、即位の時期は大切なのです」

「そ、早々に王になられた方が、力を持って理想を実現させることができるのでは……」


 それを口にしたリィアに、スピネルはかぶりを振る。


「意見をすぐに変えるような王に、誰が従いますか?」

「それは……」


 ルナスなりに、すべてを計算してのこと。

 あの行動の裏にそんな理由があるとも知らず、リィアはただルナスを軟弱な王子だと侮蔑した。その愚かさに、どうしようもなく情けなく、恥ずかしくなる。

 きっと、ルナスはそんなリィアの浅慮もすべて見通していたのだろう。

 うつむいたリィアに、スピネルは腕を組みながらつぶやいた。


「殿下の最大の長所は、お優しい気質ではありませんよ」

「……っ」

「お優しいことに変わりはありませんが、時に驚くほど厳しくもあります」

「……はい」

「私が最も尊敬しておりますところは、機を読むあの鋭敏な感覚です。物事を収め、保つための平衡感覚――あれは、なかなか身に付くものではありませんからね」


 人の先を読み、動く。はるか彼方を見据え、そこを目がけて歩むことができる。

 ルナスはそうした人間であると。


「ルナス様はいつか民心を収攬しゅうらんする王となられる。けれど、それはまだ先の話だ。今はまだ、この国を根底から変えて行く支度の段階でしかない」


 アルバのその言葉に、リィアは昨日の自分とは別人のような心でうなずいた。


「はい。わかりました」


 リィア自身が、ルナスが王になる時を見たいと思った。彼を支え、この国が変わる瞬間を迎えたい、と。

 アイオラ中将のように、王のそばで。

 夢がまた少し膨らんだ。



 スピネルの見立てた装いは、それはそれは煌びやかで、申し訳ないけれどリィアは笑いを堪えてしまった。何せ、ルナスの表情が死んでいた。キラキラと輝く宝石や金糸を織り込んだマントは、ルナスの苦手とするところなのだろう。

 喜ぶスピネルに、ルナスは平坦な口調で本日の礼を言い、さっさと着替えを済ませてしまった。


 その後、スピネルに隠し通路のそばまで送られ、三人は城に戻る。

 その時、ふとリィアとルナスの視線が合った。リィアはあの姿を思い出して少し笑ってしまった。

 ルナスは嫌な顔をするかと思えば、笑ったリィアに対して柔らかな微笑を返した。


 以前は、この笑顔が好きではなかった。けれど、色々なことを知った今となっては、その笑顔にも力強さを感じるのだった。



 彼の自室でルナスたちを待っていたのは、デュークとメーディ、レイルの三人だった。ルナスの帰還に、メーディはレイルと共にいそいそと茶の支度を整える。

 そんな中、デュークはジャスパーを送り届けたことを報告する。


「あの人、ハラくくってしっかりと自分から色々喋ってくれました。もともと死傷者は出していませんから、刑も最低限度ですし。俺もある程度待遇に気を配ってほしいと頼みました。今後もマメに覗きますから、ご心配なさいませんように」

「ああ、ありがとう」


 ほっとしたように言うルナスだったが、すぐにまた厳しい面持ちになる。


「けれど、ウヴァロの問題はこうして解決したわけではない。今後、次々と触れれば触れるほどに根深いものを引きずり出してしまうだろう。あんなものは一時的な対処に過ぎぬのだ。それでも、一度手を付けた以上は後へも引けぬが」


 一時的な解決だと、ルナスは言う。すべての闇を払うのは、そう容易いことではないと知りつつも、手を差し伸べた。

 今はただ、その闇にルナスが飲まれてしまわないよう、潰されてしまわないようにとリィアは願うのだった。


 その横からメーディが穏やかな声をかける。


「お疲れ様でした。さあ、難しい話は置いておいて、お茶にしましょう。冷めてしまいますからね」


 皆が席に着くと、メーディはコポコポと音を立てながら紅茶を注いでくれた。


「ありがとう、メーディ」


 微笑むと、メーディはその細く垂れた瞳から優しげな光を漏らした。


「私は文官ですから、外にまでお供をすることは適いません。だからこそ、ルナス様が疲れて戻られた時にはこうしてそのお心をお慰めできればと思うております」

「うん……」


 ルナスは、子供のように素直に笑うと、そっとその紅茶に口を付けた。


「美味しいよ」

「ありがとうございます」


 このひと時が、ルナスには安らぎである。

 難しい時代、今を生き残るために戦い続けなければならない。

 そんな彼の心が癒される瞬間も確かにあるのだと、リィアはあたたかな気持ちで共に紅茶を口にするのだった。



          【 調停の章 ―了― 】


 〈調停の章〉にお付き合い頂き、ありがとうございます。

 気を許すまでに丸々一章かかるというガードの堅い彼女でした(笑)


 次章は10月27日再開予定です。

 よろしければまたお付き合い頂けると幸いです。

 

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