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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
調停の章

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〈22〉調停

「――そうして、そればかりでもありません」


 スピネルが言葉を切ると、ルナスがその先を受け取った。


「現在、このウヴァロに徴兵はない。兵役に就いていないからこそ、人手は多いはずだ」


 それを耳にした途端、頭領の顔付きが変わった。カッと顔を赤黒く染め上げる。


 ペルシには納税の他に各町村ごとに規定の人数の徴兵がある。短期間ではあるが、兵役を終えるまでは従軍する義務があるのだ。

 ただ、ウヴァロの住人には教養がなく、徴兵したところで指揮官の意のままに動かぬであろうと判断されていた。兵役を免れていたからこそ、その生活に対する保障が後回しになっていた。国に貢献していない民、と。


 どこへ出向いても、そうした偏見が彼らに対してある。働き口も満足に見付からない。

 くすぶるばかりの人手はあれど、そればかりでは食うに困る。何かを作り出したところで、それを外で売る術もない。そうなれば、自然と略奪する他ないのだと、そういう流れが起こる。


 ただ、ルナスの言葉が侮蔑の意味を持って発せられたのではない。


「その民力を眠らせておくよりも、しっかりと発揮できるよう筋道を付ける。まずはそれをせねばならない」

「い、一体何を……」


 頭領はこの時になって初めて戸惑いを見せた。その表情に、スピネルが微笑む。


「私はね、人手がほしいのですよ」

「え?」

「商いとは、まず商品をそろえることができねばならないのです。この地は、私から見て色々な利点があるのですよ。王都よりほど近く、まず運搬費が最低限で済みます。徴兵されておらず、若く力のある方も多い。設備は何もありませんが、土地は広く使えるため、今後どうとでもなりますし」


 頭領はもとより、リィアもスピネルの提案に唖然としてしまった。


「お、俺たちを雇用すると? 俺たちが手がけた商品なんて、お高くとまってるヤツらに売れるはずがないだろ!?」


 その叫びに、スピネルはぴしゃりと言葉を投げた。


「売れる、売れないは私の手腕です。あなた方が気にすることではありません」


 ぐ、と頭領は言葉に詰まる。

 確かに、この場の誰もが商売のことなどわからない。ただ、やり手の商人であるスピネルが損をするとわかっていることに手を出すとも思えなかった。


「私は、あなた方を雇う覚悟があります。あなた方は、今まで働き口がない、収入がない、と嘆いては、それを理由に積荷を強奪して来ました。けれど、今、私は雇用すると申しています。働くことができるというのに、まだ略奪を続けるというのなら、あなた方はただの盗人です。――いかがですか?」


 周囲の声が、不安に揺れる。このやり取りを信じていいものか困惑している。

 そうして、その中から一人の男が前に出た。頭領とそう歳の変わらない、細身の男だ。


「ジャスパーさん、俺たちはあなたに従いますよ」


 頭領、ジャスパーは眉根に深い皺を刻んだ。そうして、スピネルを見上げる。


「嘘はないんだろうな?」

「もちろんです」


 そう答えたスピネルの横から、ルナスが言う。


「ただ――いくつかの条件がある」


 条件。

 その言葉に、ジャスパーは逆に安堵したのかも知れない。上手すぎる話には裏があるはずだと。


「なんだ、それは?」


 ルナスに首を向け、訊ねる。ルナスはうなずくと美しい声音で言った。


「あなた方が奪った積荷に対する賠償を。何も、一度に返せとは言わない。正確な被害も今となってはわからぬことだろう。ここはあなた方の良心に従って、正直に申告した分ということだ。生活が安定するまではそれでも厳しいだろう。そこは考慮してもらい、少しずつ無理のないように返済する――それが条件だ」


 貧しいから、仕方がないから。

 止むに止まれぬ罪であっても、なかったことにはできない。

 そうしたなら、商人たちは強い反感を持つ。いかにスピネルであろうと、単独でウヴァロの事業を軌道に乗せることなどできないのだ。


 ルナスが、ウヴァロに対し全面的な庇護をするつもりはないと言った言葉は、こういうことなのだ。

 一方を庇えば一方がやり場のない思いを抱え込むこととなる。ルナスにはそれが見えていたのだろうか。

 心優しいルナスの考えは、両者を取り持つのか。

 リィアがその策に納得しかかった時、ルナスは更に言った。


「それからもうひとつ――」


 頭領であるジャスパーの灰色の瞳を見据え、ルナスは言い放った。


「このたびの責任を、代表としてあなたに償ってもらおう」


 甘いと言えるほどの優しさを持つ、そんな王子の言葉がそれであった。

 ルナスはいつものような柔らかな声ではなく、硬質な響きで続ける。



「あなたには、その罪に準じた服役を課す」



「なっ!?」


 ウヴァロの住人たちからざわりと声が上がった。

 けれど、ルナスは動じない。


「仕方のない状況であったと、私も理解してのことだ。懸命に服せば期間も短くて済むだろう。それでも、まったくの不問にすることはできぬのだ」


 スピネルも呆然とするジャスパーに言った。


「罪を問われないのであれば、あなた方は別の形で報いを受ける可能性があります。誰かの恨みが向かう前に、罪は清算してしまわねばならない。……考えてみてはいかがですか? あなた方が略奪される側であった場合、相手に事情があれば不問となっても納得できるのかどうかを」


 誰も、答えることはできなかった。


「今後の禍根とならぬための処置だ。どうか、理解してほしい」


 子供たちが、その空気を察してジャスパーに駆け寄った。


「ヤだ! おじちゃんを連れて行かないで!! おじちゃんはなんにも悪くないもん!!」

「そうだ! 帰れよ、お前ら!!」


 彼を庇うようにしてわぁわぁと泣く、痩せた子供たち。

 リィアから見たルナスの背中が悲しげであった。

 ただ、ジャスパーはその子供たちの頭に大きな手を置くと立ち上がった。


「ありがとな。でも、なんにも悪くないことはないんだ。だから、行って来る。お前ら、ちゃんといい子にしてろよ? すぐに戻るからな」


 そうして、ジャスパーは初めて穏やかな瞳でルナスを見た。


「なあ、お前さんの名前は?」

「ルナス」


 そう告げた。それで納得したのか、ジャスパーはうなずいた。


「そうか。どの道、こんな毎日に先がないことくらいわかっていた。……お前さんたちを信じることにする。こいつらのこと、よろしく頼みます」


 そうして、ジャスパーは先ほど前に出たウヴァロの男性を振り返る。


「留守を頼む」



 スピネルの馬車に乗り込んだリィアたちは、無言のジャスパーにかける言葉を見付けられなかった。


 今日の出来事は、リィアの中ではあまりに大きくて、未だ整理が付かないのだ。


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