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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
調停の章

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〈21〉勝敗と行方

 ルナスは争いを好まない。それでも、必要最低限の剣術くらいは習ったことがあるはずだ。

 その素質のほどは知らないけれど、致命傷が避けられればそれ以上は望まない。


 リィアの位置からその表情は見えず、後姿だけならばルナスは落ち着いているように感じられた。艶やかな髪が風に揺れている。

 ただ、それは盗賊の頭領も同じだ。地面にしっかりと足を付け、剣を構え直すとスゥッと息を整える。


 その様子を窺いながらリィアは少し考えた。

 あの頭領に、自分ならば勝てるだろうかと。

 勝てたとしても、それは辛勝と言ったところかも知れない。正面から剣を受けず、上手く立ち回って背後を取れば、勝機はある。リィアの剣もルナスの剣も、どちらも細身なのだ。頭領の剣は、切れ味は悪そうだけれど重量がある。相性がいいとは言えない。

 剣を真っ向から合わせないことが重要である。

 そのことに、ルナスが気付いて立ち回れるかが問題である。



 二人の空気は張り詰め、細かな砂が頬を撫でる。先に動いたのは頭領の方であった。

 獣の咆哮のような声を上げ、突進する。やはり、その動きは荒々しい。訓練されていないああいった荒くれ者が剣を握ると、どう動くのかが読めないのだ。予測できない動きに思わぬ痛手を負うこともある。

 リィアは、気付けば腹の辺りで手を組んでいた。その手に力がこもる。


 閑職としか思えない配属先。

 のん気な王子様の護衛。


 リィアが目指したのは、アイオラ中将のような男社会でも屹然と強くあれる姿だ。

 ルナスに自分の夢を妨げられたような気になったけれど、だからと言ってルナスが傷付けばいいと思うほどに憎いわけではない。世間を知らない綺麗な心をついはすに見てしまうけれど、その心が引き裂かれる瞬間が見たいとは思わない。


 

 ただ、そんな風に思っていたリィアは、結局のところ何も理解できてはいないのだ。

 乾いた空気の中、滑るようにルナスは動いていた。その動きは、目の当たりにしたというのに、リィアには信じがたかった。


 深く踏み入ったルナスは、頭領の一撃を体を斜めにずらしてかわしていた。次の瞬間には、その流れのままにサーベルの刃を頭領の首筋に当てていたのである。

 その時の頭領の動きが、ルナスに比べるとひどく鈍重に思えてしまう。それほどに呆気ない瞬間だった。細く薄いサーベルは、風を切った後はぶれることなく静止している。


 唖然とする周囲の中、ひと際大きな拍手の音が響いた。スピネルだった。


「勝敗は明らかです。では、話を聴いて頂きましょう」


 頭領の手から剣が落ちる。ガラン、と虚しい音を立てて地面に落ちた。

 ルナスは剣を引くと崩れ落ちた頭領のうなじに向けて静かに言った。


「あなたは私を侮っていた。それは致命的なほどに。――我が国がアリュルージに戦を仕掛けた時と同じだ。勝てないはずがないと始めた戦は、我が国の惨敗に終わったのだ。我が国は相手を見くびり、己を過大評価していた。そうした意識は、身を滅ぼす。そのことを、敗戦国の我々が忘れてはならない」


 リィアは、ぞくりと戦慄した。

 あの動きは、優雅に自室で茶を飲んで過ごしていた人間のものではない。

 相手の動きを見極めた踏み込みのタイミング、剣を返した角度、すべて計算し、冷静に確実に動いていた。


 心優しく穏やかな、『美しき盾』と称される王子とは、一体誰のことであったのか。リィアは混乱する頭で必死に成り行きを見守った。

 ただ、リィアはほんの少し、ルナスのことを見直した。それは事実だった。

 しっかりと鍛錬を重ね、この軍事国家の王子として恥ずかしくない程度の力量を備えていたのだと。その自覚があったのだと。


 デュークとアルバが神妙な面持ちでルナスたちに駆け寄る。

 二人は、ルナスの勝利を確信していたからこそ、見守ることができた。

 けれど、それならば何故、勝利した今となってもあんなに厳しい面持ちでいるのか。それがまだ、リィアにはわからない。スピネルも歩み出し、取り残されそうになったリィアは慌てて彼の後に続く。


「まず、商人たちの馬車を襲い、積荷を強奪した事実を認めるな?」


 サーベルを収めながら静かに言ったルナスの言葉に、頭領は暗い顔を向けた。


「強奪した。しなけりゃ、ここのやつらはみんな死んでる」


 ルナスは小さくうなずいた。


「我が国は軍事に力を入れるあまり、そうした隅々までの保障が行き届いていない。それは事実だ」


 頭領は、キッとルナスを射るように睨み付ける。


「それがわかっていても、差し伸べる手はなかったと? お偉いさん方の決定がなけりゃ、見て見ぬ振りを決め込むってやつか」


 その強い眼光を、ルナスは受け止める。


「私には、王へ声を届けることさえできなかった。そうしたまま、自分になせることを探すのに、こんなにも時が過ぎてしまった。そのことを、申し訳なく思う」


 そうして、ルナスは視線をスピネルに移した。スピネルは力強くうなずく。


「私はスピネル=マグナと申します。先ほども申しましたように、王都アルマンディンにて商いに勤しむ者です」


 そう、スピネルが名乗ると、ウヴァロ全体にどよめきが起こった。それは、略奪を繰り返した側のやましい気持ちの現れであったように思う。生きるためとはいえ、罪は罪と自覚する者の叫びだ。


「……俺たちが奪ったものに対する請求をしに来たのか」


 観念したようにつぶやく頭領に、スピネルは微笑んだ。


「ええ。そうとも言えます。そうして――」


 と、スピネルは一度言葉を切った。


 後二話で本章終了です。

 〈18〉にて、ルナスとアルバがこっそり抜け出したのは、剣術の稽古をしに行っていたのでした。

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