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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
調停の章

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〈20〉モノマキア

「話を聴けと言うなら聴いてもいい。ただし――」


 盗賊たちの頭領は、ルナスをまっすぐに見据えた。その瞳の中には、明らかなほどの憤りと不満が混在している。


「俺たちに耳を傾けさせるだけのものを示せたらな」


 やはり、リィアの不安は的中する。

 ルナスは王太子である。その身分を示せば、彼らは耳を傾けるかも知れない。

 けれどそれは、ルナス個人に対する敬意ではなく、王太子という立場に対する敬意に他ならない。

 それは仕方のないことだと思うけれど、心のどこかでは違うとも思う。

 ルナスは、ふわりと首を揺らした。


「私は、嘘偽りなくありのままの心を伝えている。それを誠意と受け取ってはくれないだろうか?」


 すると、頭領は声を立てて笑った。その荒々しい声に、リィアは更なる怒気を感じるのだった。


「嘘偽りなく! そこの二人は軍人だろう? ってことは、お前も軍の人間じゃないのか? それも、この二人を従えるような身分の!」

「私は――」


 そんなルナスの声を、頭領は手振りだけでかき消すようにして遮った。


「ろくに戦も知らず、武門に生れただけのボンボンが、偉そうに何をほざく!? このウヴァロに根付く暗闇をその腕で払うことができるなんて、大した思い込みだ!!」


 頭領は、ウヴァロの中で唯一剣を帯びていた。それは打ち捨てられていた粗末な代物だが、剣に違いはない。その錆付いた剣を一気に引き抜くと、その切っ先をルナスに向けた。

 その途端に、デュークとアルバの目が変わった。ギラリと、敵を見る目付きとなる。

 構えた二人を、ルナスは振り向かずに腕だけで制した。


「ここは動かないでくれ。私の問題なのだ」


 ルナスは、悲しげな声音で頭領に言う。


「安易に剣を向けてはいけない。武力は時として自らも傷付けてしまう」

「軍事国家でそんな馬鹿なことを言うのはお前くらいだろうよ」


 争いを好まぬ、心優しき性質。

 この国で、ルナスのその心を賞賛する者は少ない。

 つまりはそういうことなのだ。


 力で解決することを拒めば、事態はこじれる。いたずらに収束は延びる。

 手っ取り早い解決は、力でねじ伏せることではないのだろうか。

 ルナスがひと声、デュークとアルバに命じれば、この盗賊たちに言うことを聞かせられるはずだというのに。

 リィアが感じたような苛立ちを、この頭領も感じたのだろう。牙をむいた獣のように言い放つ。


「なあ、軍事国家なら軍事国家らしい解決の方法があるだろう。一番おエライお前さんが、剣を交えて代表の俺に勝てばいい。そうしたなら、俺もつべこべ言わずに話を聴いてやるよ」

「それは……」


 ルナスは言いよどんだ。それは、仕方のないことのように思う。ルナスの麗容に無骨な剣など似合わない。彼は、守られるべき側の人間なのだから。


「武力を行使しないのなら、どうやって俺たちを従わせる? 話せばわかるなんて、子供だって思わないぞ。人は、武力を恐れるから統治者にひれ伏す。強い者が弱い者を従わせることができる。そんなのは当たり前のことだろうが」


 先にデュークとアルバを使えばよかったのだ。それをためらったからこそ、事態はこじれた。その決断の遅さが、話をややこしくしたのだ。

 誘いに乗らないルナスに、頭領は更に畳みかける。


「それ以外の方法を取るのなら、取ればいい。お前たち軍人にとって、このウヴァロは消し去りたい場所でしかないんだろう? ここを滅ぼす名目がほしいんだろう? 本当は、話なんてどうだっていい。なあ、正直に言えよ」

「それは断じて違う」


 はっきりとした口調でそう言ったルナスは、大きく嘆息するとコートの裾を払った。中から飾り気のないサーベルが姿を現す。ルナスはその柄を握ると、ためらうように緩やかにそれを引き抜いた。

 ざわり、と周囲が少しずつ後ろに下がった。

 ルナスの決意が、あのサーベルに現れている。


 リィアはとっさにデュークとアルバを見上げた。すると、そこには二人の渋面がある。ひどく強張ったその顔に、リィアはどうしようもない不安を覚えた。

 あの猛々しい頭領相手に、ルナスはどこまで善戦するのだろう。


 王子と盗賊。

 二人の決闘モノマキア


 当の本人に手出しは無用だと言われている以上、外野が何かをできるはずもない。

 ただ、その身に危機が訪れた時にはそれを言ってはいられない。本当に、ギリギリのラインまでは傍観するしかないのだ。だからこそ、デュークもアルバもその身を案じながらも苦しげに見守る。


 リィアは、なんとも言いがたい心境であった。

 その優しい心は、どこにも届かないではないか。

 ウヴァロの生活を案じていたルナスの心も、彼らにとってはただの綺麗事の塊だ。傍観者の哀れみでしかない。その思いやりに感銘を受けるどころか、こうして逆撫でするばかりである。


 まず、力が必要だ。

 ルナスには、その優しい心を押し通すだけの力が足りない。

 リィアはそう思ってしまったのだ。


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