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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
調停の章

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〈18〉幌馬車に揺られ

 そうして、スピネルから一通の知らせが届いたその日、ルナスは動いた。

 供はデュークとアルバ、それから見届けさせてほしいと願い出たリィアの三人だけだ。


「どうか、お気を付けて。お帰りをお待ちしております」


 そう、メーディは穏やかな笑顔で見送る。レイルも緊張の面持ちで大きくうなずいていた。


「ああ。戻ったら茶をいれてくれると嬉しいな」


 にこやかにルナスもそう口にする。


「ええ、もちろんですとも。菓子も用意しておきます」


 文官二人に見送られ、ルナスたちは部屋を後にするのだった。



 ルナスがリィアに事情を説明してくれることはなかった。デュークやアルバは知っているのだと思う。リィアがまだそれだけの信頼関係を築けていないせいなのか、自分で察しろということなのかはわからない。


 ただの興味では、話してほしいと言えるはずもなかった。

 質素な装いのルナスの横顔は、それでも凛と前を向いていた。今日は皆、薄手のロングコートを着込み、その下に帯剣している。

 やはり、その危険があるということだ。気を引き締めなければならない。



 いつもの通路を使って城下町に出ると、ルナスたちは広場の前に向かった。そこには、使い込まれた幌馬車が一台停まっている。その馬車の御者は、スピネルであった。

 先日よりも簡素な無地のシャツといった格好だった。それでも、身綺麗ではある。


「さあ、行きましょうか?」


 ルナスたちはそれぞれにうなずき、その幌馬車の荷台に乗り込む。



 幌馬車の荷台には木箱や樽が積まれていたけれど、これはきっと空なのだろう。

 ルナスたちはその物陰に腰を据える。特に隠れようとしている風ではない。だから、リィアも適当に座った。


 パシン、という手綱を打つ音が響き、幌馬車は進む。馬の蹄鉄の音、車輪と石畳が奏でる、カラカラと小気味よい音が、リィアは案外好きだった。ただ、ガタの来ている幌馬車の振動は、リィアが今までに乗ったことのある馬車の中では最悪だった。

 酔わないといいな、と思いながらリィアはまぶたを閉じた。



 舗装されたアガート公道。

 それでも、馬車の揺れは収まらない。ルナスもその腹心二人も、道中何も話さなかった。

 この馬車が向かう先はウヴァロなのだろう。以前、この公道で荷馬車が盗賊に襲われている現場に遭遇した。あの地点はどの辺りだっただっただろうか。


 リィアがぼんやりとそんなことを考えていると、馬車の前に何かが飛び出して来た。それは、あの時の顔半分を布で隠した盗賊たちである。

 とっさにスピネルが手綱を絞り、急停止させられた馬が前足を浮かせて嘶く。大きな衝撃が荷台に伝わり、そこからリィアが放り出されないようにアルバがその首根っこをつかんだ。乱暴だが、そんなことを言えるほどのゆとりはなかった。そうしてもらわなければ、荷台から転げ落ちていたと思う。


 ルナスは奥にいたけれど、デュークが庇うように支えている。そのルナスの目は、まっすぐに正面に向けられていた。

 馬車馬の喘鳴をかき消し、盗賊の頭と思われる人物の銅間声が響いた。


「積荷は頂いて行く! 命が惜しければ逆らうな!」


 スピネルは、手綱を手にしたまま、飄々とした空気を崩さなかった。


「積荷、ですか? 食べられませんよ?」


 幌の隙間から見えるだけでも十数人はいる。それでも、スピネルは動じない。その様子に盗賊たちの方が戸惑っていた。けれど、そのうちの一人が、気を取り直して竹を尖らせた『槍』をスピネルの鼻先に突き付けた。


「我々は本気だ!」

「ええ。存じていますよ、ウヴァロの方々」


 スピネルの言葉に、周囲がざわめく。馬車の中で、ルナスは息を殺して成り行きを見守っていた。いつでも飛び出せる姿勢である。デュークとアルバも同様だった。

 やり手の商人というものは、こんな状況においても肝が据わっているものなのかとリィアは感心してしまった。


「……我らがウヴァロの者だと? もしそうなら、どうするつもりだ?」


 押し殺した声が聞こえる。対するスピネルは、朗らかな声音だった。


「少し、お話をさせて頂ければと思います。ここではなんですから、そちらのテリトリーに馬車を移動させますよ」

「お前は何者だ? 何を企んでいる?」


 罠を疑うのは、それだけの罪を自覚するからだ。

 略奪することで生きた。悲しい罪だけれど。


「私はしがない商人ですよ。ただ、あなた方とお話したいのは、私ではなく、別の方です。詳しくは、その方が説明して下さいますよ。あなた方にとって、決して悪い話ではないと思いますが」


 ざわざわと、盗賊たちはささやき合う。けれど、決定権は頭領にあるのだろう。皆の視線がよく陽に焼けた逞しい中年の男性に向いている。その顔をしかめ、頭領は吐き捨てた。


「お前はまるで甘言をささやく悪魔だな。……けれど、俺たちに救いはない。このまま堕ちて行くだけなら、悪魔のささやきも恐れることはないな」

「おやおや、失敬な」


 そう言うスピネルの声は、どこか楽しげであった。


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