〈16〉貧しきは誰のせい
「一時的な解決では、すぐにまた再犯の恐れがあります。根本からの打開策が必要なのですよ。手をお付けになる勇気がおありですか?」
スピネルの言葉は、笑顔とは裏腹にどこか棘を潜ませていた。
ルナスは静かにうなずく。
「私が解決できるなどと思うのは傲慢だ。けれど、だからといって放置していい問題でもない」
デュークたちのルナスを見守る瞳はあたたかだった。彼らの助力は、ルナスにとって不可欠なものなのだとリィアは思う。
「民が貧しきは国のせい。為政者のせいなのだ。ただ、スピネル――」
「はい」
「私は、ウヴァロだけを全面的に庇護するつもりではない。そうした心配は無用だ」
その一言に、スピネルの方が瞠目した。
リィアには、ルナスの言葉の真意がわからない。スピネルが何を心配していたというのだろうか。
ただ、リィアには理解できずとも、スピネルにはルナスの考えが読み取れたようだ。
くしゃりと顔を歪めるように笑い、それから姿勢を正して頭を垂れた。
「それをお聞きして安心致しました。では、殿下のお考えをお聞かせ下さい」
メーディがいれてくれた芳しい紅茶の香りが漂う中、ルナスたちは今後のことを話し合うのだった。
リィアはまだ、この『美しき盾』と揶揄される王子の内面が理解できなかった。よくわからないお方だ、というのが率直な意見である。
争いを好まず、穏やかで心優しい。けれど、積極的に王や弟君、臣下たちに認められようともしない。
国状になど興味がないのかと思えば、真剣な目をして語る。
やはり、よくわからない。
※ ※ ※
そうして、密やかに今後の対策が話し合われた。スピネルは、支度を整えておくと言って退出する。
本当に、上手く行くのだろうか。
リィアはまだ、半信半疑であった。
「……もし、上手く行かなかったとしたなら、どうされるおつもりですか?」
思わず、そう口にしてしまった。その途端にデュークの隻眼に睨まれる。
「出鼻を挫くようなことを言うな。上手く行くに決まってるだろ」
そんなにも楽天的な考え方がよくできたものだ。そう顔に出ていたのか、アルバが笑った。
「ウヴァロの連中も、このままでは先がないことをわかっているはずだ。提示された条件を飲むべきかどうか、冷静に考えればわかるだろう」
すると、ルナスがほんの少しの憂いを帯びた微笑を見せた。
「そう。問題があるとすれば、そこで話を聞いてもらえるかというところだな」
「あ……」
荒んでしまった民は、心を閉ざしているだろう。今、ルナスが声をかけたところで、その声を素直に聞いてくれるかはわからない。
最後まで声を発するためには、それ相応のものを示さなければならない。
「ルナス様ならば大丈夫ですよ。ご心配なさいますな」
メーディは柔らかな声音で言う。すると、ルナスの顔が綻んだ。
「メーディにそう言ってもらえると気が楽になるよ」
「そうですか、それはありがたいですな。この老いぼれにもまだまだ使い道があるということですね」
と、おどける姿さえもが優しい。
この安心感は何ものにも変えがたい。ルナスにとって、自分を幼い頃から見守り続けてくれたメーディはそういう存在なのではないかと思う。
けれど、実際のところ、この老人とも通ずるルナスの優しさは、民にとってどう映るのだろう。
その優しさは、民から尊敬されるに値するものであろうか。
ウヴァロで民の心に声を届ける力となるだろうか。
リィアには、ルナスが持つものはそれだけなのだと思えた。その優しさで閉ざされた心を解いて行くしかないのだと。
少なくとも、ルナスの力は威厳ではない。畏怖ではない。
力がなければ、どんな言葉にも重みはない。
言葉とは、発する人間によって価値を増すのだ。その言葉に相応しい畏敬を、聞き手に抱かせなければならないのだ。
そう考えると、ルナスにはなかなか難儀である。
優しさは、時として侮られる。軟弱だと謗られる。
それを知らないはずはないだろうに。
リィアはふと、自分の中に身勝手な考えがあることに気付いてしまった。
この王子が失脚した場合、護衛の必要はなくなるのではないだろうか。今後は城下をふら付くこともできないような状態になるだろう。
そうした時、自分の配属先も変わるかも知れない。
そう考えてかぶりを振る。
ここまで踏み込んでしまった自分は、更なる閑職へと回されるだけだ。僻地でぼんやりと無為に過ごすだけの毎日となるかも知れない。
それくらいならば、ルナスが何らかの成果を上げ、その功績を認められた方がマシだ。
それが可能かはわからない。
ただ、ルナスが成そうとしていることはそれくらいの綱渡りであるのだ。