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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
調停の章
17/167

〈16〉貧しきは誰のせい

「一時的な解決では、すぐにまた再犯の恐れがあります。根本からの打開策が必要なのですよ。手をお付けになる勇気がおありですか?」


 スピネルの言葉は、笑顔とは裏腹にどこか棘を潜ませていた。

 ルナスは静かにうなずく。


「私が解決できるなどと思うのは傲慢だ。けれど、だからといって放置していい問題でもない」


 デュークたちのルナスを見守る瞳はあたたかだった。彼らの助力は、ルナスにとって不可欠なものなのだとリィアは思う。


「民が貧しきは国のせい。為政者のせいなのだ。ただ、スピネル――」

「はい」

「私は、ウヴァロだけを全面的に庇護するつもりではない。そうした心配は無用だ」


 その一言に、スピネルの方が瞠目した。

 リィアには、ルナスの言葉の真意がわからない。スピネルが何を心配していたというのだろうか。

 ただ、リィアには理解できずとも、スピネルにはルナスの考えが読み取れたようだ。

 くしゃりと顔を歪めるように笑い、それから姿勢を正してこうべを垂れた。


「それをお聞きして安心致しました。では、殿下のお考えをお聞かせ下さい」


 メーディがいれてくれた芳しい紅茶の香りが漂う中、ルナスたちは今後のことを話し合うのだった。

 リィアはまだ、この『美しき盾』と揶揄される王子の内面が理解できなかった。よくわからないお方だ、というのが率直な意見である。


 争いを好まず、穏やかで心優しい。けれど、積極的に王や弟君、臣下たちに認められようともしない。

 国状になど興味がないのかと思えば、真剣な目をして語る。


 やはり、よくわからない。



     ※ ※ ※



 そうして、密やかに今後の対策が話し合われた。スピネルは、支度を整えておくと言って退出する。

 本当に、上手く行くのだろうか。

 リィアはまだ、半信半疑であった。


「……もし、上手く行かなかったとしたなら、どうされるおつもりですか?」


 思わず、そう口にしてしまった。その途端にデュークの隻眼に睨まれる。


「出鼻を挫くようなことを言うな。上手く行くに決まってるだろ」


 そんなにも楽天的な考え方がよくできたものだ。そう顔に出ていたのか、アルバが笑った。


「ウヴァロの連中も、このままでは先がないことをわかっているはずだ。提示された条件を飲むべきかどうか、冷静に考えればわかるだろう」


 すると、ルナスがほんの少しの憂いを帯びた微笑を見せた。


「そう。問題があるとすれば、そこで話を聞いてもらえるかというところだな」

「あ……」


 荒んでしまった民は、心を閉ざしているだろう。今、ルナスが声をかけたところで、その声を素直に聞いてくれるかはわからない。

 最後まで声を発するためには、それ相応のものを示さなければならない。


「ルナス様ならば大丈夫ですよ。ご心配なさいますな」


 メーディは柔らかな声音で言う。すると、ルナスの顔が綻んだ。


「メーディにそう言ってもらえると気が楽になるよ」

「そうですか、それはありがたいですな。この老いぼれにもまだまだ使い道があるということですね」


 と、おどける姿さえもが優しい。

 この安心感は何ものにも変えがたい。ルナスにとって、自分を幼い頃から見守り続けてくれたメーディはそういう存在なのではないかと思う。


 けれど、実際のところ、この老人とも通ずるルナスの優しさは、民にとってどう映るのだろう。

 その優しさは、民から尊敬されるに値するものであろうか。

 ウヴァロで民の心に声を届ける力となるだろうか。


 リィアには、ルナスが持つものはそれ()()なのだと思えた。その優しさで閉ざされた心を解いて行くしかないのだと。

 少なくとも、ルナスの力は威厳ではない。畏怖ではない。

力がなければ、どんな言葉にも重みはない。

 言葉とは、発する人間によって価値を増すのだ。その言葉に相応しい畏敬を、聞き手に抱かせなければならないのだ。


 そう考えると、ルナスにはなかなか難儀である。

 優しさは、時として侮られる。軟弱だと謗られる。

 それを知らないはずはないだろうに。


 リィアはふと、自分の中に身勝手な考えがあることに気付いてしまった。

 この王子が失脚した場合、護衛の必要はなくなるのではないだろうか。今後は城下をふら付くこともできないような状態になるだろう。

 そうした時、自分の配属先も変わるかも知れない。

 そう考えてかぶりを振る。


 ここまで踏み込んでしまった自分は、更なる閑職へと回されるだけだ。僻地でぼんやりと無為に過ごすだけの毎日となるかも知れない。

 それくらいならば、ルナスが何らかの成果を上げ、その功績を認められた方がマシだ。

 それが可能かはわからない。

 ただ、ルナスが成そうとしていることはそれくらいの綱渡りであるのだ。


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