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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
調停の章
14/167

〈13〉盗賊

 何かが起こっている。

 そう判断してしまうのは早計だった。そうは思うのに、四人はそれぞれに確信めいたものを胸に抱きつつ公道を急いだ。


 その湾曲した道の先に、顔の半分を布で隠した男たちがいた。男たちは暴れる馬を数人で押さえ込み、くつわを取っている。ああなると、馬も身動きが取れない。荷馬車の御者は怯え、青ざめた顔をして大きくうなずくばかりであった。


 荷馬車の中にも数名の人物が入り込んでいる。袋を手に出て来た人物はどう見ても小柄で、まだ子供なのではないかと思わせる。彼らの服装は皆、そろって汚れたものだった。

 必死で略奪行為に専念していた盗賊たちは、ルナスたち想定外の因子にたじろいだ。馬車の御者はすがるような目をする。


「ルナス様」


 小さくデュークがささやく。ルナスはその意図を読み取り、うなずいた。

 駆け出したデュークにアルバが続く。リィアはどうするべきか迷ったけれど、進もうとした瞬間に手を引かれた。振り返ると、ルナスがかぶりを振る。

 その面持ちは、純粋にリィアの身を案じているだけではなかった。どこか厳しさがある。

 足手まといだと、邪魔になるからここにいろと言うのだろう。


 リィアは口惜しさを感じたけれど、ルナスに背くわけにはかなかった。大人しく、その場に残る。

 走りながらデュークが腰から抜き取ったのは、蔓のように巻かれた鞭だった。それを素早く振り、公道の石畳に叩き付けると派手な音がした。

 身が竦む鋭い音に、盗賊たちも一瞬動きを止めた。


「罪には罰がついて回る。それも覚悟の上か?」


 いつになく硬い口調のデュークに、盗賊たちは目配せし合った。くぐもった声でささやき合う。

 そして、眼前の二人の男が太刀打ちできる相手ではないと知れたのだろう。数では圧倒的に向こうの方が多いというのに、勝てないと思わせる何かがあった。


 多分、商人の雇った用心棒程度には思われたのではないだろうか。

 持てるだけの積荷を抱え、盗賊たちは林の中へ身を投じる。アルバがその後を追うけれど、デュークはその場に留まった。

 解放された馬は、軽くなった荷台のままに走り去る。御者はルナスたちに気を留めるゆとりもなく、夢中でその暴れ馬を御するしかなかった。ルナスとリィアは危険な速度で走る荷馬車を避け、脇へそれた。


 ガラガラと、乱暴な轍の音が耳に残る。公道にふたつみっつ転がる割れた瓜が、何か物悲しかった。

 デュークは額に手を当てて嘆息する。その視線は、盗賊たちの消えた方角に向けられていた。


「さて。これでよかったでしょうか? アルバは上手くやるでしょうし」

「ありがとう」


 と、ルナスはつぶやく。

 リィアは思わず疑問を口にした。


「何故、逃がしてしまわれたのですか? 隊長なら盗賊の一人くらい捕縛できたはずです。そうしておけば、盗賊の住処もすぐに突き止められたでしょう?」

「住処なら、アルバが探し出す。口を挟むな」


 いつものごとく上からものを言われ、リィアは奥歯を噛み締めた。

 自分は間違ったことを口にしたつもりはない。当然のことを言ったまでだ。

 ただ、ルナスは静かにアルバが向かった方角を見据えていた。その思いは、一体何に向かって馳せられているのか。

 リィアには感じ取ることなどできなかった。


「……民の暮らしを守ることが軍の義務ではないのですか」


 風にさらわれるような声でつぶやいたリィアに、ルナスはようやく顔を向ける。けれど、その瞳はひどく悲しげであった。

 ルナスにそんな顔をさせてしまったリィアに、デュークは憤りを感じたのかも知れない。そのまなじりに先ほどよりも厳しさが感じられる。


「お前が言う民とはなんだ? 商人や都人か? あの盗賊たちは民ではないと?」

「あ……」


 リィアは、自分の発言の不用意さを恥じた。今更取り消すことなどできないけれど、思わず口を押さえる。

 自分の言葉は、ひどい思い上がりだった。盗賊にならざるを得なかった彼らも、もとから人を害するために生を受けたわけではない。略奪が人として誤りであるとしても、それを行ってしまった以上、もう守るべき対象ではないのだと決め付けた。あれは『悪』なのだと。『善』なる民の敵なのだと。


「わたし……」


 うつむいたリィアの頭に、柔らかな声が降る。


「そうしてすぐに思い遣ることができるのだから、何も自分を責めることはないよ」

「ありがとう……ございます」


 顔を上げてその顔を見ることができなかった。

 そう、この王子に猛々しさはない。あるのはこの優しさだ。

 ただ、その優しさを普段は軟弱だと否定している自分が、都合のいい時だけ甘えてしまうことなどできなかった。


 罪を犯し、まつろわぬ民にさえ手を差し伸べるというのなら、その慈悲を見極めたいと思った。上辺だけではないのだとしたら、それは――。


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