〈13〉盗賊
何かが起こっている。
そう判断してしまうのは早計だった。そうは思うのに、四人はそれぞれに確信めいたものを胸に抱きつつ公道を急いだ。
その湾曲した道の先に、顔の半分を布で隠した男たちがいた。男たちは暴れる馬を数人で押さえ込み、轡を取っている。ああなると、馬も身動きが取れない。荷馬車の御者は怯え、青ざめた顔をして大きくうなずくばかりであった。
荷馬車の中にも数名の人物が入り込んでいる。袋を手に出て来た人物はどう見ても小柄で、まだ子供なのではないかと思わせる。彼らの服装は皆、そろって汚れたものだった。
必死で略奪行為に専念していた盗賊たちは、ルナスたち想定外の因子にたじろいだ。馬車の御者はすがるような目をする。
「ルナス様」
小さくデュークがささやく。ルナスはその意図を読み取り、うなずいた。
駆け出したデュークにアルバが続く。リィアはどうするべきか迷ったけれど、進もうとした瞬間に手を引かれた。振り返ると、ルナスがかぶりを振る。
その面持ちは、純粋にリィアの身を案じているだけではなかった。どこか厳しさがある。
足手まといだと、邪魔になるからここにいろと言うのだろう。
リィアは口惜しさを感じたけれど、ルナスに背くわけにはかなかった。大人しく、その場に残る。
走りながらデュークが腰から抜き取ったのは、蔓のように巻かれた鞭だった。それを素早く振り、公道の石畳に叩き付けると派手な音がした。
身が竦む鋭い音に、盗賊たちも一瞬動きを止めた。
「罪には罰がついて回る。それも覚悟の上か?」
いつになく硬い口調のデュークに、盗賊たちは目配せし合った。くぐもった声でささやき合う。
そして、眼前の二人の男が太刀打ちできる相手ではないと知れたのだろう。数では圧倒的に向こうの方が多いというのに、勝てないと思わせる何かがあった。
多分、商人の雇った用心棒程度には思われたのではないだろうか。
持てるだけの積荷を抱え、盗賊たちは林の中へ身を投じる。アルバがその後を追うけれど、デュークはその場に留まった。
解放された馬は、軽くなった荷台のままに走り去る。御者はルナスたちに気を留めるゆとりもなく、夢中でその暴れ馬を御するしかなかった。ルナスとリィアは危険な速度で走る荷馬車を避け、脇へそれた。
ガラガラと、乱暴な轍の音が耳に残る。公道にふたつみっつ転がる割れた瓜が、何か物悲しかった。
デュークは額に手を当てて嘆息する。その視線は、盗賊たちの消えた方角に向けられていた。
「さて。これでよかったでしょうか? アルバは上手くやるでしょうし」
「ありがとう」
と、ルナスはつぶやく。
リィアは思わず疑問を口にした。
「何故、逃がしてしまわれたのですか? 隊長なら盗賊の一人くらい捕縛できたはずです。そうしておけば、盗賊の住処もすぐに突き止められたでしょう?」
「住処なら、アルバが探し出す。口を挟むな」
いつものごとく上からものを言われ、リィアは奥歯を噛み締めた。
自分は間違ったことを口にしたつもりはない。当然のことを言ったまでだ。
ただ、ルナスは静かにアルバが向かった方角を見据えていた。その思いは、一体何に向かって馳せられているのか。
リィアには感じ取ることなどできなかった。
「……民の暮らしを守ることが軍の義務ではないのですか」
風にさらわれるような声でつぶやいたリィアに、ルナスはようやく顔を向ける。けれど、その瞳はひどく悲しげであった。
ルナスにそんな顔をさせてしまったリィアに、デュークは憤りを感じたのかも知れない。そのまなじりに先ほどよりも厳しさが感じられる。
「お前が言う民とはなんだ? 商人や都人か? あの盗賊たちは民ではないと?」
「あ……」
リィアは、自分の発言の不用意さを恥じた。今更取り消すことなどできないけれど、思わず口を押さえる。
自分の言葉は、ひどい思い上がりだった。盗賊にならざるを得なかった彼らも、もとから人を害するために生を受けたわけではない。略奪が人として誤りであるとしても、それを行ってしまった以上、もう守るべき対象ではないのだと決め付けた。あれは『悪』なのだと。『善』なる民の敵なのだと。
「わたし……」
うつむいたリィアの頭に、柔らかな声が降る。
「そうしてすぐに思い遣ることができるのだから、何も自分を責めることはないよ」
「ありがとう……ございます」
顔を上げてその顔を見ることができなかった。
そう、この王子に猛々しさはない。あるのはこの優しさだ。
ただ、その優しさを普段は軟弱だと否定している自分が、都合のいい時だけ甘えてしまうことなどできなかった。
罪を犯し、まつろわぬ民にさえ手を差し伸べるというのなら、その慈悲を見極めたいと思った。上辺だけではないのだとしたら、それは――。