〈12〉アガート公道
約束通り、リィアは早朝にルナスの居住棟を尋ねた。誰が見ているかもわからないので、この時は軍服のままだった。ただ、袋に買ってもらった服を持って来ている。
リィアを中へ招き入れたルナスは、すでに着替えを済ませていた。昨日とは少し違い、丈の長い薄手のコートを羽織っている。アルバも同様だ。その姿を見た瞬間に、リィアはすぐに察することができた。
あのコートの下に短めの剣を潜ませているのだと。
これから向かう先を思うと当然のことだろう。デュークだけが少し軽装であったけれど、きっとどこかに武器を隠し持っていると思われる。
「あちらの部屋を使うといい」
「はい」
ルナスに誘われるままに部屋へ踏み入る。向かった先はどうやら寝室だった。
天蓋の付いた濃紺のベッドが中央にある。乱れた様子もなく整えられているシーツに、彼の几帳面さを見た気がした。
普通に考えたなら、王子の寝室になど踏み入る機会があるはずがない。この異常な状況に焦りを覚えつつも、リィアは着替えを急ぐのだった。前回のことも踏まえ、胸に布を巻いて押さえ付ける。帽子に髪を押し込むと、そばにあった金縁の姿鏡にみすぼらしい格好をした自分を映した。
これで少年に見えるだろう。
ただ、この服にスモールレイピアを隠す部分がない。かといって、これから何が起こるかもわからないのに丸腰では不安すぎる。
リィアは畳んだ軍服をベッドの下に隠しつつ、持って来た袋の中にスモールレイピアを入れて外へ出た。
「ん? 剣ならアルバにでも預けておけ。手に持ってると警戒される」
デュークがそういうので、リィアは大人しくアルバにスモールレイピアを手渡した。ただ、
「ま、お前なんてもともと戦力外だけどな」
ケケケ、と意地悪く笑うデュークに、リィアは青筋を立てて耐えた。
「まあ……とにかく行こうか」
ルナスがそう言うので、三人はそれに従った。
この間と同じように、まずデュークが先へ行き、アルバがしんがりだった。
リィアは、ルナスの頼りない背中に続いた。
城下町へ出るが、目的地は更に外である。行き交う人々に紛れ、四人は王都を抜けるのだった。
出て行く人間に対しては番兵たちも気に留めない。服装の割に鍛えた体をしたデュークとアルバを見て、一瞬だけ訝しんでいたけれど、何も言われずに町を後にする。
整備された石畳の公道の上には、長年の歴史がある。轍の跡が幾重にも残り、石畳のところどころが欠けている。重たい積荷や軍の進行のせいだろう。
リィア自身、ここを通って王都入りしたのだが、徒歩ではなかったため、こうしていると少しだけ新鮮な気分だった。
空は青く晴れ渡り、この春先の日差しは優しいけれど、こうして歩き続けると暑く感じられる。リィアはふと、涼しげな面持ちで歩くルナスに目を向けた。
「もしや、いきなりウヴァロに行くのですか?」
恐る恐るリィアが尋ねると、ルナスはかぶりを振った。
「まさか。今日はアガート公道の様子を見に行くんだよ」
確かに、突然乗り込んでもどうにもならない。あの店主の言ったことに対する裏付けが必要だ。
公道を使い王都へ商品を運ぶ荷馬車なら、毎日数多くある。そのすべてに護衛を付けるゆとりのある商人ばかりではない。
その中から警備の手薄なものが襲われるだろう。荷馬車の御者たちは、それが自分でないことを祈りながら馬を走らせているはずだ。
「なあ、公道のどの辺りが一番の狙い目だろうか?」
ルナスが二人の側近に意見を求める。二人はすでに考えいたいのだろう。
まずデュークが答えた。
「公道の半ばに途中にオーラ橋がありますが、そこはまず避けますね」
「転落の危険がありますし、素人集団の盗賊には不向きな地点ですから。狙うなら、橋を越えてからですね」
ルナスは小さくうなずく。
「橋を渡り切って、それから公道が林のそばで湾曲する地点があったはずだ。先の見通しが悪くなるあそこが……」
「確かに、俺が盗賊でもそこを狙いますね」
アルバが微笑を浮かべながら賞賛する。
確かに、彼らの言う通りだと思う。ただ、地図を見ればそれくらいのことは誰にだって推測できる。
何も特別なことではない。
それをわざわざ口にすることはしないけれど、リィアは少しだけさめた気分で三人と共にいるのだった。
彼らはどこまで本気なのだろうか。
盗賊が出るのだとして、この少数でどうするつもりなのだろう。
勢いで付いて来たが、リィアには先のことまでは見通せそうもなかった。少しだけ早まったという気がしないでもないけれど、意固地な性格が後に引かせてくれないのだ。
三人に気付かれないよう、リィアは小さくため息をついた。
そんな時、ガラガラと公道の上を進む馬車の車輪の音がした。足もとの石畳が、その振動を四人に伝える。それに気付いた途端、馬の嘶きが晴天に大きく響き渡った。