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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
調停の章
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〈11〉調査

 その商店通りを離れ、ルナスたちは落ち着いて話せる場所を探した。小さな子供たちが走り回る公園広場の木陰に座り込む。芝の上は、座談するには丁度よかった。


「それで、詳しく訊けたのなら教えてほしい」


 ルナスがどこか厳しい面持ちで二人の側近に問う。デュークはうなずくと口を開いた。


「トリニタリオ領の中、この王都に続くアゲート公道の途中だったと言います。『ウヴァロ』が関わっているのではないかとあの店主は言っていましたが……」


 ウヴァロとは、貧民窟である。村というべきかも知れないが、荒れ果てたあの場所は、すでに打ち捨てられているといっても過言ではない。まつろわぬ民の巣窟として。


 あの場にはいつか、軍の手が入るとして――それは救済であるのか、粛清であるのか。

 きっと、誰もが考えることを拒んでいる。


 軍の総力を挙げれば、潰すことなど容易い。それをしないのは、それでも国の民であるという慈悲が国王にあるからなのだろうか。

 それとも、アリュルージへの賠償を終えるまでは他のことを優先できなかっただけなのかも知れない。

 けれど、こうして他の民たちに害を及ぼし始めたとするのなら、話はまた違って来る。


 偶然触れてしまった問題は、多くの人の今後に関わる事態に発展して行く。リィアにはそんな予感がした。入軍して間もなく、こんな形であの場所に関わることになるとは思いもしなかった。


「ウヴァロ……」


 ルナスがぽつりとその名をつぶやく。


「避けて通れないことはわかっていましたが、それが今とは」


 そのアルバの一言に、リィアはどきりとした。やはり、関わるつもりなのだと。

 ルナスは静かにうなずく。


「そうだね。とりあえず、今日のことは戻っても他言しないように。もう少し状況を詳しく把握しないことには間違った判断となるかも知れない」

「メーディ殿やレイルにもですか?」

「そうだ。伝えるのならば、正確な情報でなければならない」

「了解しました」


 デュークも深くうなずく。そうして彼は、急にリィアの方を向くと妙に威圧的な物言いをした。


「おい、お前! 今日のことは他言無用だ。わかったな?」


 その言い草にムッとしたけれど、仮にも上官なので我慢した。


「はい。他言など致しません。ただ――」


 挑むように、デュークの隻眼を見据える。


「私は『お前』ではありません。隊長は部下の名前さえ覚えられないのですか?」


 隣でアルバが爆笑した。デュークは眉をつり上げて口をぱくぱくと動かしている。

 けれど、失礼なのはお互い様だと思った。

 すると、颯爽と吹いた風のような声がリィアを呼ぶ。


「リジアーナ」


 その声にリィアは思わず姿勢を正した。


「は、はい」


 まさかこの王子が自分の名前を覚えているなんて思わなかった。ヴァーレンティンの娘としての認識程度だと思っていた。

 ルナスは穏やかな笑みを向ける。


「私は普段、皆を愛称で呼ぶようにしている。君のこともそのように呼ばせてもらってもいいだろうか?」


 嫌だとはもちろん言えない。


「はい、ありがとうございます」

「普段はなんと呼ばれている?」

「リィア、です」

「そうか。ではリィア、私のこともルナスでいい。王子と呼ばれるのはあまり好きではないから」

「は、はい」


 呼び名なんてどうだっていい。肝心なことはそこではない。

 そうは思うけれど、彼がそう言うのなら従う。ただ、それだけだ。

 リィアは微笑むルナスにはっきりとした口調で問う。


「先ほどのお言葉ですと、このままこの問題に関わるおつもりなのですね?」


 ルナスは少し困ったように苦笑しながら首を傾けた。さらり、と黒髪が揺れる。


「そう、なるね」


 けれど、ルナスに何ができるというのだろう。

 側近のアルバは強い。デュークもきっとそこそこだろう。

 だとしても、二人に守られるだけのルナスが、この事態をどのように解決するつもりなのだろうか。


 『美しき盾』と揶揄されるこの王子が、自らの立ち位置の危うさにようやく危機感を持ち、動き始めたのだとしても、昨日今日の働きでウヴァロ問題が解決するはずもない。

 あれに触れるには、ルナスはあまりに頼りないのだ。火に油を注ぐ結果しか、リィアには見えて来なかった。


 ルナスに怪我でもさせたなら、ウヴァロを粛清する理由ができる。

 まさか、それを狙っているのだろうか。

 それくらいしか、この王子にできることはない。

 あの貧しい民たちは、結局のところ救いの手を差し伸べられることなどないのか。


 ぼんやりと、苦々しい現実を噛み締めたリィアだったけれど、三人は立ち上がった。リィアも慌ててそれに続く。


「では、今日はもう戻ろう」

「あ、あの、もしや明日も城下へ?」

「それは……」


 ルナスが言葉を濁すと、リィアは抱えた袋に更に強く力を込めた。


「それでしたら、私もお供させて頂きます」


 その途端、デュークはえも言われぬ嫌そうな表情になった。けれど、それは無視する。


「今更関わるなというのは無理です。どうか、お連れ下さい」


 自分にできることがあるのかはわからない。それでも、今更目を瞑って耳を塞ぐことなどできない。

 せめて結末を見届けたいと願う。


「ルナス様、途中で誰かにこのことを漏らされても困りますからね。落ち着くまでは連れて行きましょう」


 そんなに口は軽くないと反論したいところだが、アルバの言葉は援護であったのかも知れない。それに乗ることにした。


「明日も同じ時刻に来ますので、よろしくお願い致します」


 跳ねっ返り、とデュークがつぶやいたけれど、リィアは軽く聞き流した。なんとでも言えばいい。


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