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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
喪失の章
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〈8〉アンターンスの若夫婦

 一行はファーラー家を出て更に西に向かう。目指すのはアンターンスの領地である。


「リィアの妹というなら、随分と若くして嫁いだんだね」


 ルナスは道中、ふとそんなことを言う。リィアは苦笑した。


「はい、昨年嫁いだばかりなのですが。夫でご長男のシオン様とは十も歳が離れていますし」


 義弟と言ってもリィアよりもずっと年上である。あまり会う機会もないので尚のこと、接し方に困るのだった。よい人であるのは間違いないけれど気を遣いすぎてしまう。


「十歳くらいだとスピネルのところもそうだし、案外普通だろ」


 と、デュークに言われた。そう言われてみるとそうなのかも知れない。

 すると、ルナスはにこりと笑顔をリィアに向けた。


「一番の目的はお祖父様にお会いすることだけれど、楽しみが少し増えたよ」

「え……っと」


 リィアは妹と彼らを会わせたくない気持ちの方が強い。あまりいい予感はしなかった。


「とりあえず、似てません。それだけは先に断っておきます」

「そうなんだ?」


 妹と会えるというのにあまり嬉しそうにしていないリィアの様子に、ルナスは不思議そうに首をかしげるのだった。



     ※ ※ ※



 それから、アンターンス家の領地に行き着くまでに途中の村で一泊し、それから馬車は屋敷へと向かった。

 強い日差しのせいで蒸し暑い車内に辟易して、リィアは馬車の小窓を開けた。

 ファーラーの領地よりも少しだけ活気のある、鄙びたという表現がふさわしくない土地であった。

 農業も盛んな様子だが、そればかりでもなく、適度に華やかで過ごしやすそうな場所だ。一見しただけでもよく治められている。領主は前宰相ゼフィランサスが一目置くだけの人物であるのだから、それもうなずけた。


 アルバが馬車の速度を緩めて道行く人に屋敷を確認する。青い屋根と白い壁。青々と枝を伸ばす木々が光を浴びて輝いている。あそこがアンターンス家の屋敷。

 妹、セラフィナの嫁ぎ先。リィアは感慨深くそれを見上げるのだった。


「えっと、どうしますか? 先にゼフィランサス様のお屋敷へ行きますか? それとも、アンターンス様の方へ行きますか?」


 馬車を御すアルバが主であるルナスに問う。


「日中ならばアンターンスの屋敷にお邪魔しているかも知れないな。そちらに行ってみよう。リィアがいるから訊ねやすいし」


 リィアははは、と少し乾いた笑みを見せた。

 そんなリィアの心中など知らず、馬車はアンターンスの屋敷の外門を潜る。そうして、御者台のアルバはやって来た使用人に要件を告げる。そうして、奥へと通され、一同は馬車を降りる。馬車を預け、案内されるがままに屋敷のエントランスへ向かった。


 質のよい上品な空間だった。長く湾曲して奥へと伸びた階段、その飾り彫りの手すり。壁に設置された灯燭の繊細な細工。変に飾り立てすぎず、それでいてみすぼらしくもない。絶妙なバランスが、やはりアンターンス男爵の人柄を表しているように思われる。


 そのエントランスに、慌しい足音が響き渡った。階段を一気に駆け下りて来るのは、弾けんばかりの若々しさを持つ女性だった。まっすぐな長い髪がステンドグラスから漏れる光に透ける。ふんわりとしたデザインのドレスは走りにくそうだけれど、そんなことは問題ではないかのようだった。

 可愛らしい顔を紅潮させた彼女は、スタ、とエントランスに降り立つ。そして、挨拶もそこそこにリィアに飛び付いた。


「リィア姉さま!」

「フィーナ……」


 リィアはその衝撃によろめきつつも久し振りの妹を受け止める。


「どうしたの? わざわざ会いに来てくれるなんて!」


 嬉しそうにそう言ったかと思うと、客人が姉だけではないと気付き、その途端にフィーナは居住まいを直した。リィアから離れると、サッとドレスの裾を払い、優雅に一礼してみせる。


「これは、お客様にお見苦しいところをお見せして申し訳ありません。わたくし、シオン=アンターンスの妻、セラフィナと申します。どうぞよしなにお願い致しますわ」


 先ほどとは打って変わって優雅に、年齢に見合わないほどの貴婦人振りである。そうしていると、リィアよりもずっと大人びて見えて、どちらが妹だかわからなくなる。

 そんなフィーナも、ルナスと目が合うと、恥らうように口もとを押えて言った。


「まあ、お美しい方ですのね。姉とはどういったご関係ですの?」

「こら、変なこと言わないの!」


 慌ててリィアが止めると、ルナスは苦笑しつつ名乗るのだった。


「ルナクレス=ゼフェン=ペルシ。君がリィアの妹御か? 似ていないとリィアは言ったけれど、私には似ているように思うよ」

「え? ペルシ?」


 フィーナは取り繕った体裁が再びはがれるほどに素の声を発していた。


「アンターンス男爵は在宅だろうか? それから、我が祖父ゼフィランサスもこちらに来ているようなら呼んでもらいたいのだが」


 そんな時、再び慌しく足音が響き、長身の青年がその場にやって来た。淡い色の長めの髪をした優しげな好青年、フィーナの夫、シオンである。確か、軍での階級は陸軍軍曹だった。


「お、王太子……殿下!」

 

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