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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
調停の章

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〈9〉通路の先に待つもの

 日の高い今ならば抜けることもできるけれど、日が落ちてしまったら明かりなしでは身動き取れない。細く狭い、そんな通路だった。

 この通路は城壁の内部になるのだろうか。


 リィアはこの展開に、張り詰めて高鳴る心臓を押さえながら進んだ。カツン、カツン、と軍用ブーツの靴音が響く。どこか湿っぽい空気が不快だった。


 早く、全面に広がる光が見たい。

 どうしようもなく、リィアは不安になった。このままここに閉じ込められでもしたら気が狂いそうだ。


 先を急ぐと、ようやく突き当たった。そこには、入り口と同じようなかんぬきがある。これはきっと、外からでもかけられるように設計されている。デュークが上に押しやるような動きをしたあれが、きっと開錠するための動作だったのだろう。


 その閂を外し、リィアは恐る恐る入り口を押した。そうして差し込んだ光に心底ほっとする。

 目が眩んだけれど、そんなことはいい。その隙間から外へと飛び出すと、正面にふたつの人影があった。逆光でよく見えない。けれど、ここから出て来たことを見られていいはずがない。

 思わず体を強張らせると、横から伸びて来た手がリィアの口もとを乱暴に押さえた。背後から抱えられる形になり、リィアは恐怖心で身じろぎした。


「んー……っ」


 くぐもった唸り声をあげるけれど、口を塞ぐ大きな布手袋の手は緩みもしない。首を動かすこともできなかった。


「苦しそうにしている。もういいから放してやってくれ」


 その温和な響きは、紛れもなくルナクレス王子のものであった。目が慣れて来ると、ようやくその姿が見えた。王子は粗末な衣服に少しもそぐわない美貌をリィアに向けている。その隣には、不敵な微笑を浮かべるアルバの姿があった。

 耳もとで、チッと舌打ちする音がして、リィアの体はようやく解放された。リィアを押えていたのはデュークだった。


 三人に囲まれ、さすがにリィアも言葉を失った。そんな彼女に、まっすぐな若い緑色の瞳が向けられる。


「ええと、すまないが、このことは他言せぬように」

「……このこと――この通路のことですか? それとも、王子が身分を偽るような装いで城を抜け出されていることでしょうか?」


 動揺しつつも、はっきりとした物言いのリィアに、アルバは楽しげに笑った。


「昨日のこともそうだが、大した度胸だ。面白い」


 すると、デュークが噛み付くような声を出した。


「面白くない! 大体お前がちゃんと注意していないからバレたんだろうが!」


 びく、と肩を震わせたリィアを、ルナスは気遣わしげに見た。アルバは、上官の怒鳴り声など聞き飽きている。


「お互い様でしょう、そこは。責任転嫁しないで下さい」


 ははは、と軽快に笑っている。食えない男だ。

 けれど、リィアはようやく気を取り直して本来の目的を思い出した。


「あ、あの、副隊長」

「うん?」


 アルバは軽く首をかしげた。リィアは彼に頭を下げる。


「昨日は身のほどもわきまえず、失礼致しました。どうかお許し下さい」


 すると、アルバは更に声を立てて笑った。


「ああ、あれか。なかなか面白かった。あれくらいの気概のある隊員が他にもいればもっと面白いのにな」


 ルナスが不思議そうにアルバを見上げる。


「昨日とは?」


 アルバはデュークに向ける小馬鹿にしたような表情から、急に優しげな瞳に変わり、それを主に向ける。


「彼女が志願したので、打ち合いの稽古を付けたのですよ」


 デュークが、げ、と小さくもらした。


「アルバと? それはまた……勇気があるね」


 そのルナスの発言で、自分の行動がどれほど愚かであったのかを再確認した。そう、いきなり彼に勝てるなど思ってはいけなかったのだ。もっと下から攻めていかなければいけなかった。

 例えば、この王子のような。

 彼になら負ける気がしないのだけれど、と守るべき対象にまでそんなことを思う。


「……で、話がそれてるけど、どうするんだ?」


 苛立ったようなデュークの声に、リィアはハッとした。アルバはそれでも笑顔を絶やさない。


「彼女は俺たちの隊の部下ですよ。頼むのではなく命じればいいのです。他言無用だ、と」


 武人として、上官の言葉は絶対である。もちろん、主の言葉も。

 だから、リィアに選択の余地などもとよりなかったのだ。


「……はい。他言など致しません」


 そう言葉にすると、ルナスはほっとしたように柔らかく嘆息した。ただ、リィアは続けた。


「あの、どこへ向かわれるのでしょうか?」


 その途端、デュークの隻眼に睨まれた。


「お前、その好奇心でいつか身を滅ぼすぞ」


 好奇心。そう言われてカチンと来た。


「好奇心などではありません。わたしは憂えているだけです」


 ただ、それは王子の身をではない。この国の行く末を、だ。

 にらみ合う二人をよそに、アルバはあっさりとルナスに言った。


「ルナス様、どうです? 連れて行ってみますか?」

「え、と……」


 ルナスはあからさまに困惑した。その様子を怪しいとリィアは思う。


「いらん!」


 吐き捨てるようなデュークの声をアルバは聞き流す。


「俺は、彼女の意見を聞いてみたい気がします」


 その一言に、ルナスは苦笑しながらうなずいた。


「アルバがそう言うのなら。ただ、危険がないとは言えないから……」

「大丈夫。彼女も武人ですから。どんな危険も覚悟の上です」


 そう言われてしまうと、リィアも後には引けない。


「はい。わたしのことはお構いなく!」


 デュークの歯噛みする音が聞こえたけれど無視を決め込んだ。

 そんなリィアに、アルバは言う。


「けれど、まずはその服装からだな。軍服は駄目だ」

「あ、本当だ」


 三人の視線が再びリィアに注がれ、リィアはやはり生きた心地がしなかった。


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