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孤独な勇者と嘘つき賢者のお話  作者: きぬがわ
3/3

蛇足・嵐の魔王のお話

「死んでしまうとは何事だ」

 ぽこり。頭を叩かれてみくもは目を覚ましました。あたりはいろんなものが垂れています。ダリです。目の前には賢者シィというか兄というか自分というかつまりあの男がいました。どうやら杖で叩かれたようです。

「人に借りたもん壊すなんて悪い奴だな。お陰で死んだわ」

 怒り方が意外と軽いです。そんなもんでいいのでしょうか。

「っていうかお前は今まで何してたのさアニー」

「ちょっと仕事でロケ撮影…あ、いや」

 こいつは兄です。確信しました。というか妹の一大事に仕事してたてお前。みくもは力一杯兄の向こう脛を蹴飛ばします。悶え苦しんだって自業自得です。

 みくもははたと気がつきます。死んだんじゃなかったのかしら。

「死んださ、お前が完膚なきまでに叩きのめしたから」

 兄はそう言いますが、向こう脛を蹴った足はじんじんしています。

「厄介なことになってる。この際ラッキーということでこのまま家に帰ってもいいが、お前はそれじゃ収まらんよな」

 当たり前です。どうにかなっているなら彼の所に行かなければなりません。会いたいのです。平気だといってあげたいのです。

「戻るなら賢者シィとしてということになるぞ。お前体ないし」

 なんですと。ラッキーで家に帰れるくらいには己を取り戻しているのではなかったのでしょうか。

「色々あるの」

 まあ仕方がありません。どうせ彼はマーリンであるみくものことしか知らないのです。というかみくもは魔王ですし。仕方がないからそれで手を打ってやります。

「本当に可愛くないやつだよお前」

 ポコポコ頭を叩かれました。むかつくのでもう一度蹴り上げてやりましょう。ざまあみろです。

「ほら呼ばれてるぜ、賢者様」

 兄は杖を地面に打ち鳴らします。いつかと同じ光が溢れ、いつかと同じように目を開くと、いつかとほぼ同じ光景が現れます。

「貴方が賢者様ですか?」

 真っ直ぐな目がみくものことを見ていました。

 いつかと同じです。大きく違ったのは、彼の後ろに三人の若人が控えていたことでした。

「賢者シィ?」

「え? あ、うん。あれ?」

 これは、なんだ、あれ?みくもは彼の仲間だったはずなのですが、自己紹介を求められています。これはあれでしょうか、ループ系の話なのでしょうか。自分先走ってる?

「…賢者様、ですよね」

「え? ああ、うん、まあ、そんなかんじ」

 後ろの若人についつい目がいきます。一人は僧侶のような清楚系女子でした。一人は目つきの悪いいかにも魔法使いな少年でした。一人は歴戦の猛者的な戦士のお兄さんでした。見るからに勇者様ご一行です。あるぇー…おかしいなー…。

「我々に力を貸してほしいのです」

「う、うん」

 力強く頼み込む彼にみくもは混乱するばかりです。彼は、アーサーではないのでしょうか。

「…アーサー?」

 そう戸惑いがちに呼んでみると、彼は不思議そうに首を傾げました。ああ。みくもは苦しくなります。彼は私の知っているアーサーではないのです。

 みくもは彼らに賢者シィのままついていくことにし、この国について詳しい話を聞かせて貰うことにします。

「ここは魔王と戦う勇者は一人じゃないといけないんじゃなかったかな?」

「流石は賢者様、よくご存じですね。ですがその決まりは取りやめとなりまして」

 取りやめっておまえ。

 彼が話すにはこうです。数ヶ月前まで彼は勇者として一人旅をし、魔王と戦ってきました。あるとき深手を負わせた魔王が逃げた後、それは起こったというです。

「今までは魔王に部下はいなく、大して知性もない魔物を差し向けたり天候をを操って被害を出す程度しかしていなかったのですが…」

 それが一変したというのです。

 魔王は軍勢を率い帰ってきました。組織的に町を破壊し、人々を殲滅します。今までのルールもへったくれもありません。今までの体制に疑問を抱いていた勇者以外の勇気ある人々が反旗を翻してもペナルティはありませんでした。魔王から宣告はこの一言だけです。

「我らを倒して見せろ」

 それで立ち上がった勇気ある人達が彼等ということかあ。みくもは納得したような納得しないようなです。前の魔王は戦争ごっこよりガチバトルが好みのようだったのに。嗜好の変化? ホルモンバランスでも崩れたのでしょうか。

「共に魔王を倒すために戦っていただきたい」

 戦士が声を上げます。賢者の魔法の火力がほしいのだそうです。

「うん、まあ、いいけど」

 いいけど、とても微妙な気持ちです。仲間外れ感パネェですから。あと…ちらとみくもは僧侶を盗み見ます。

 ちょう美人です。可愛素適女子です。彼と並ぶとお似合いです。正統派ヒロインです。比べると自分すっぽんです。

「ありがとうございますシィさま」

 うわっ眩しいっ。笑顔に後光がさしています。いけません、清らかさに祓われてしまいそうです。みくもはあうあうしてしまいます。せいじょ、きた!

 そんなこんなでみくもは対魔王な一団に合流したのでした。数千人単位の組織に成長しているようです。数には数をということでしょうか。

「国と教会を説き伏せて協力させてるんだ」

「脅したの間違いだろ」

 戦士と魔法使いが小突き合っています。

 そうか、彼はそんなあくどいことを覚えたのかあ…。

 みくもは対魔王軍で大活躍でした。主砲と言っても過言ではないかもしれません。遊撃機は意外なことに戦士でも彼でもなく僧侶でした。僧侶ときたらどこに隠しているのありとあらゆる重火器を取り出すのです。どちらかというと連射ミサイルとかエアッドとかそういった類の火力と数が武器のタイプです。

「はしたないところを…」

 大体弾切れで帰ってくると恥ずかしそうに僧侶はそういうのでした。このおねーちゃんいいキャラだが怖いぞ。みくもは僧侶のことは怒らせないようにしようと心に決めました。あとヒロインっぽいから油断なりませんしね!

 ここってファンタジーなんじゃ…みくもはここの世界観が段々わからなくなってきます。ファンタジーなのです。ここはファンタジー…剣と魔法と重火器のファンタジー…。そう思っていたらどうやらあれは対魔王用に開発された新兵器なのだそうです。ああ、そうなんだ、新技術かー。納得しておきましょう。

 みくもは彼とまともに話せなくなっていました。だって同じ顔で同じ性格なのに別人のようなんですもの。違和感しかなくて、うまく会話が続きません。彼はみくもがいなくても笑いますし、すっかりみんなのリーダーです。お前あんな扱い受けてたのにそれでいいのかよと思いますがまともにつっこめません。

 あとよく僧侶と仲良く喋っています。見かけるとギリィってなります。別になんでもないのですが歯ぎしりが止まりません。

 別に! なんでもないのですがね!!

「僧侶は美人さんだね」

 ひがんで言っちゃいました。一瞬固まった僧侶は力一杯首を横に振ります。

「美人さんで有能で胸がでかくて美人とか」

 一体どこの勝ち組でしょうか。どよんどです。落ち込むみくもを僧侶は力一杯励まします。

「いいえ! 私なんかよりもシィさまの方がずっとお美しいですし強く凛々しく有能で御髪なんかも綺麗でもうつけ麺でちゅるっといっちゃいたいくらいです! 一房ください!!」

 よく聞いていませんでしたが適当にうんと言ってしまいました。僧侶は何を喜び勇んでいるのでしょう。男衆三人に尋ねたらさっと気まずそうに顔をそらされました。一体何が…。

 じーっ。

 みくもはあるとき彼を見ていて思いました。行軍のときにガチで魔王軍が彼を殺しにかかっているのです。ほかのメンバーが近くにいても魔王軍は数人がかりで彼を優先にしてとびかかっています。けしからんやつらです。今日も大技をぶっぱなして殲滅してやりま…

「へーい」

 ぎゃあ! 脇腹はやめて!

「なにすんだ!」

 みくもを攻撃してきたのは魔法使いでした。

「そっちよりあっち」

 魔法使いが指さしたのはみくものいるところからさして遠くない小高い丘でした。そこにいたのは馬に乗った全身黒鎧の騎士でした。顔を覆う兜(と呼ぶのかみくもにはわかりませんでしたが)のせいで表情は伺えません。

 馬の足に青い炎が灯っていて火傷しないか心配です。

「兜首か! 名のある将とお見受けした!」

「まあ名はありすぎるというか。あれが魔王だよ」

 なんと。総大将が出すぎです。自重してもらいたいものです。魔法使いが攻撃しますが造作もなく弾かれてしまいました。あいつ、やりおる。

 というか魔王がみくもじゃありません。ここまで事情が違えばこんなこともあるかもしれませんが、ではみくもの体どこいったのでしょう。なくしたじゃすみません。とりあえず魔王に攻撃を仕掛けますがうまく相殺されてしまいました。アーサーみたいなことするやつです。やりおる!

 魔王に向かって飛び出していったのは僧侶でした。えらい弾幕と粉塵で何も見えなくなってしまいました。

「つけ麺げっちゅ!」

 おかしげな台詞が聞こえたと思ったら誰かに思い切り後頭部を殴られました。痛いと思う間もなく意識が飛んでしまいます。

 その間みくもは夢を見た気がしました。

 すごく痛い夢です。中指と薬指を広げて誰かに素手でみちみちと裂かれる夢でした。いやあ、痛かった。夢ですが。

 目が覚めるとみくもは知らない屋内にいました。こう、「どなた?」「泥棒です」とかいって遊べそうな部屋です。そっくりです。素敵な天蓋ベッドから降りると、みくもは首を傾げました。

 もちろんどこだここというのはありますが、立ち上がったみくもの視界が低かったのです。下を向きますが絶壁です。いつも通りです。髪が長いです。いつも通りです。鏡! ここ鏡はないのでしょうか! みくもはあわあわと特に何もない部屋をうろうろします。そうだとみくもは思い立ちました。

 兄になくてみくもにあるものと言えばお腹の黒子です。見慣れないワンピースを来ているので裾をたくしあげて確認します。その前に気がつきました。ない! 女子です! ちょうどそのとき部屋の壁が開きました。立ち尽くす黒騎士(魔王)とぱんつまるみえのみくもは数秒見つめ合ってしまいました。しにたい。

 黒騎士はそのまま扉を閉めて帰ってしまいました。いや! ノーコメントでいかないで! 別にそういうことじゃないの!! みくもはガンガン壁を叩いて訴えますが黒騎士は帰ってきませんでした。みくもはベッドに丸まって恥ずかしさと後悔で悶えます。ちじょじゃないの、ちじょじゃないからっ。

 とりあえず後ろを気にしながらお腹を確認します。黒子がありました。大変です、これは自分です。どこをどうしてこうなったのかわかりませんが己の外見であんな痴態を晒してしまったことに絶望しか感じません。もうお嫁にいけません。みくもは膝を抱えて鼻をぐずらせました。くすん。

 というかよく考えるとさっきのあれは魔王でしたしここには中からあく出口がないようですし意外とピンチなのではないでしょうか。じわじわと状況を飲み込んできて、そんな状況であんなことがああでもうだめですみくもは生きていけません。ウワアアとベッドを転がっていたら、再び壁が開きました。

 びくうっとみくもが身構えると、先程と同じ顔の見えない黒騎士がゆっくりと部屋に入ってきます

「あ、あのそのあれはなんていうか」

 みくもは大慌てです。頭が回りません。あらゆる意味でピンチですが、黒騎士は何事もなかったような所作でみくもと対峙します。流してくれるみたいです。いい人です。

 いやこれは魔王でした。いい人とはかけ離れています。遅ればせながら警戒していましたら、魔王はゆっくり兜を取りました。くたびれて、やつれて、渋みが増していますがその顔には見覚えがあります。ありすぎます。兜を小脇に抱えたその男はこう言いました。

「お久しぶりです、マーリン」

 みくもは驚きのあまりしばらく声がでませんでした。

「……アーサー?」

 呟くようにそう尋ねた次の瞬間、みくもは彼の腕の中にいました。力が強くて物理的に痛くて苦しかったですが、精神的にも痛くて苦しくなります。なんなのこいつなにやってんの馬鹿なの?

 アホかー! とかいって殴ろうとしたみくもでしたが彼はびくともしません。兄って意外とパワフルだったんですね!身じろぎもできずにすっぽり収まっていますと段々彼の息遣いですとか早めの心音ですとかを感じてきてみくもはあわあわしてしまいます。なんだこの雰囲気、ラブロマンスみたいじゃないですか。

 頭ぐるぐるしますし熱いですし痛いですし苦しいですしこれはアーサーですしなんか魔王ですしそういえばパンチラどころかパンモロでしたしいやー! いっそ殺せ! 今の状態はみくものキャパを完全に越えていました。

「何故あんなことを?」

 ぱんつか! ぱんつのことか! 流してくれたんじゃなかったのか!

「いやちょっとそのうん忘れてくださいお願いします」

 白リボンとか忘れてください!

「いやそっちではなく」

 どうやらアーサーか聞きたかったのはみくもがどうして魔王に挑んだのかということらしいです。そうならそうと早く言えばいいのに! いやこっちはこっちで返答に困ります。

「…うまくいえないけど、お前にあんなことで死んでほしくなかったんだよ」

「…そうですか」

 腕が緩んだと思ったらゆっくり後ろに倒されました。あれっ、これって、あれっ。なぜだかみくもと天井の間にアーサーがいます。顔は笑ってるのに目だけが笑ってなくて非常に怖いです。あれ? あれ? あれ??

「あ、あの」

「何か」

「なんでこんなことに」

「なぜでしょうね」

 うわあ、近い、近いです。もうどうしていいかわかりません。恥ずかしすぎるので顔をそらしたら顎を持ち上げられて向き合わされました。ウワアアアアアアア。

「えっ」

「…?」

「えっちなのはいけないとおもいます!」

 しばらく間がありました。彼は急にみくもの顔の横に顔を埋めてつっぷします。ウワアアアアアアア、ウワアアアアアアア? あれ? 彼の肩がというか全身が震えています。あ! こいつ笑ってる! 笑ってやがります! 大爆笑です! こんな形で目標達成なんてすごくくやしいです。ノーカン! 今のノーカンで!!

「このっ何だお前っこのっ」

 悔しすぎて彼をべしべし力の限りたたきまくるみくもでしたが、そこは女子ですからさっぱりダメージを与えられません。起き上がった彼は涙がちょちょぎれていました。コンチキショーです。

「まったく貴方という人は」

 うるさいです。色気がないのは生まれつきです。

 けれどもみくもは思います。あ、いつものアーサーだ。渋くなったけどあんまり変わってなさそうです。でも、それならなんで魔王なんかになっているのでしょう。彼はあくまでこの国の勇者であろうとしたのに、逆の立場になるなんて。アーサーはみくもの上から身を引いてちょちょぎれる涙を拭いました。

「すぐに終わらせます。待っていてください」

 一体何の話でしょう。問いただそうとすると彼はみくもの髪を一房掬い取りさも当たり前のように口付けました。なに王子様的なことしてるんでしょうこやつ! 違ったこいつ今王様でした!いや王様は王様でも魔王様です。なんかよくわからなくなってきました!

「いちゃついているとこ失礼しますけどね我が王よ」

 ぎゃあ! 知らない野郎がいすの背もたれを抱えながら座ってこちらを見ていました。いつからいたのでしょう何を見られたのでしょうもうだめです!

「テュルフィングがお呼びですよ」

 見知らぬ野郎と目が合いました。ばちこーんとウインクされます。

 なんだこいつ! みくもはじりじりとアーサーの後ろに避難します。怖くないよーとか誘い出そうとしてきますがその手には乗りません。

「ガウェイン」

「はいはい」

 野郎はアーサーの一言で大人しくなりました。なんか今ガウェインっていいました? なんだか何かみたいですね。

「また来ます」

 アーサーはそういって部屋からでて行きました。野郎は椅子に座ったままアーサーに手を振っています。お前帰らないのか。

「どうもこんにちは」

 ご挨拶されてしまいました。思わず挨拶を返しますと人の良さそうな顔で笑います。

「いやー、女子になっても見事なつけ麺ヘア、麗しいなあ」

 なんか貶された気がします!

「一房くれる約束だったよねシィさま」

 あげません。してません。みくもは両手で髪を押さえながらできるかぎりそいつから離れます。ですがそいつは愉快そうに手をわきわきさせてじりじり追いかけてきました。こっちくんな!魔法でこんがりアフロにしてやることにします。

 呪文を唱えても火はでませんでした。雷とか氷とかもでませんでした。今兄じゃないからでしょうか、魔法が使えません。というか今気がつきましたが気を逸らされすぎてアーサーにろくに状況説明させてないじゃないですか。あいつが変なことするからっ。

「だから私がいるんだってば」

 ガウェインが何でも答えると言うので早速何故アーサーが魔王なんてやってるのかきいてみます。

「そんなこと知る訳ないじゃないさ」

 なんでも答えるっていったのに大笑いされてしまいました!

 ですがガウェイン野郎はそのあといくつか重要なことを教えてくれました。

 いわく魔法禁止。いわく外出禁止。用があれば呼べば誰かくる。アーサーは忙しいから時々しかこれない。あんまりみくもをからかうとガウェインの首がとぶ。物理的に。

「そんなかんじ?」

「あんまり重要じゃない!」

「特に最後が重要なんじゃないの」

 というか完全に囲われています。困りました。

 そういえば手首足首に何かぐるっと書いてあります。読めませんが文字みたいです。もしや兄じゃないのの他にこれが魔法の使えない原因なのかもしれません。ふと見たら部屋の入り口開けっ放しです。隙ありといわんばかりに高笑いしながら走っていったら入り口のところでばいんと弾き返されました。

 何でしょうこれ、まるでS極とN極無理矢理くっつけようと踏ん張っているような空気の柔らかさです。これがバリアってやつか?! 踏ん張ってたらガウェイン野郎に大笑いされました。ドロップキックもどきをかますがあまりきいていないようです。ガウェインは笑いながら普通に部屋を出て行きました。

 おいこら! わかったからしめてけ!

 どうしたものでしょう、みくもは一人ベッドで膝を抱えたまま横に転がりました。第一なんでみくもはこんなことに。なんでアーサーはあんなことに。なんでガウェインはあれほどうざいのか。いや、それはいいや。手の文字は擦っても消えそうにありませんし、万事休すです。参りました。

 その後考えながらみくもはうっかり寝てしまい、起きたら壁中に本棚と山のような本が現れていました。暇つぶしのつもりなのかもしれません。とりあえず天井の太陽のデザインのところが天窓になってたりして開かないかと本を積み上げてみましたが届きませんでした。うっかり崩して痛い思いをしたら次の日には本も本棚も消えていました。ちぇっ。

 その代わり服が沢山現れていました。女物から小さいサイズの男物まで様々です。まって。ということはアーサーのみくもの扱いって一体…。今度合ったら殴っておきましょう。日を追うごとにものが増えたり減ったりします。あいつみくもをなんだと思っているのでしょうか。

 アーサーとお国の戦争は一体どうなっているのでしょう。しばらく誰とも会っていないですし、こちらから呼びつけるのもなんとなく微妙ですし、みくもにはさっぱりわかりません。アーサーの野郎またくるっていったのに。ここの床仕掛け床になってたりして地下水道に落ちたりしないでしょうか…。

「暇そうだなァ」

 突然の声にぎょっとして振り返ると、どこぞの民法番組の小窓中継のように空中で頬杖をついている兄を発見しました。

「よう」

 とりあえず殴っておきました。

「落ち着け、もうすぐどうにかなりそうだし家で明太釜玉うどんを作って待っててやる」

 もう一度殴ってやりました。

「お前好きだろ?!」

 そういう問題じゃありません。みくもは兄をボコボコにするつもりで殴りますが、効果はいまいちのようです。

「良かったじゃないか、戻れて」

「良かったけど微妙だよ!」

 いろんな意味で微妙だよ! 叫びますが兄はじゃあうどん買ってくるからときえてしまいました。なにしにきたんでしょう。

 その日しばらくたつと外から部屋が開きました。入ってきたのはアーサーです。殴り飛ばしてやろうと飛び起きたみくもでしたが、彼の様子を見て驚いてしまいました。彼の鎧は所々砕け、見た所こてをんぱんで少なからず出血しているようでした。

「お前なにやって…」

 彼は笑ったままです。

「お待たせしてすみません」

 彼は申しわけなさそうにいうと、目に入りそうな血を拭います。

「もうすぐ火が回りますから、急ぎましょう」

「…へ?」

 何言ってるんでしょうこいつ。

「ここは落城します」

 あんぐりです。言ってる意味が分かりません。しかものほほんと笑っています。

 自ら魔王になったからにはこの国が憎かったのではないのでしょうか。許せなかったのではないのでしょうか。

「ええ、そうです」

 ならば何故。

「だからこそです」

 彼の憎んでいた国はもうないのだと、彼は嬉しそうに言いました。

「私の憎んだ国は亡びましたよ」

「負けているのに?」

「負けるからこそです」

 一人に何もかも押し付けて知らんぷりをするあの国はもうないのだと彼は笑います。

「あの宗教も勇者のしきたりも廃れることでしょう」

「何でそんなことが言えるのさ」

「神様なんてもういませんから」

 段々遠くが騒がしくなってきました。

「いけませんね。今度はきちんと帰る方法を探しておきましたから安心してください。…まあ、女の子のままで申し訳ないのですが」

「いや、これは、うん。大丈夫」

「…気に入りました、か?」

「というか、これ、私だし」

 すごい間抜け面されました。

「え?」

「うん」

「…いや、え??」

「悪かったな!」

 というかやっぱりこやつみくものことを男だと思っていました。いや仕方ないけどちょっともうコンチキショー!! みくもは渾身の力でアーサーを殴りました。ちょっとは痛かったに違いありません。なにせみくもの手がちょう痛いですから!

「女っぽくなくてすいませんねえホント!」

「い、いえ、あの…残念です」

 こやついっぺんしねばいい。

「あ、いや、そうではなく! もう少し早く知ることができたならと、あの、落ち着いてください」

 これが落ち着いていられるものだろうか。

「この馬鹿やろうがー!!」

 部屋にあった鈍器で遠慮なく殴っ…けが人なのでやめておいてやりましょう。

 本当にこいつは馬鹿です。只でさえ貧乏くじ人生だというのに自ら進んで更に損をするなんてもうMとしか思えません。この変態ドM野郎!

「すみません」

 認められてしまいました!

「あなたに殴られてもどちらかというと嬉しいですから」

 みくもはどうしたらいいのかわかりません…喜ぶべきなの…?

 彼は突然みくもの手を取ると手首にそっとキスします。だからこういうのはだめなんだってば! あわあわしていたら不思議なことに手足の文字がはらはらと剥がれて床に落ち、蒸発するように消えてまいました。密室だというのに風が起きた気がします。ゆっくり、ゆっくり部屋の空気がうねり始めました。

 穏やかに笑う彼の笑顔がなんだかひどく儚く見えました。

「帰る前に、一ついいですか?」

 最後みたいなこといわれました!

「この部屋にあるものを…なんでもいいです、一つでもいいです。気に入ったものがありましたら、記念に持って帰ってください」

 床が光り始めます。デザインの中に陣が仕込んであるようです。

 みくもは迷わず言いました。

「お前」

「…は」

 呆けるアーサーの手を取ってみくもははっきりと宣言します。

「お前持って帰る」

「…え?」

「なんでもって言った」

「それは言いましたが、私は、その、ものという自覚がありませんでしたし、その」

「なんでもって言った!」

「魔王が倒されずいなくなったらまたいつ襲ってくるかわからないと国に不安が残りますし…」

「ちょうどいい緊張感になるさ」

「ですが」

「なんでもって!! 言った!!!」

 みくもがここに戻ってきたのは決して彼を一人にするためではありません。彼がここにいられなくなるのなら、持って帰ればいいのです。

「いいじゃないですか、お持ち帰りされちゃってくださいよ」

 現れたのはガウェインでした。割とぼろぼろの格好です。

「というかもうすぐそこまで勇者様きていますし、いうこときかないとそちらさん帰りそうもありませんし、正直邪魔なんでさっさと消えてくれませんかこのリア充。バルス!」

 滅茶苦茶言われてます。

「でもまあやっぱりここいい部屋だよなぁ。美少女を幽閉するなら部屋はこうでないとね! 最高」

 ガウェイン野郎はやはり変な人ですね。敵にもまれてきたのか意外と物理的ダメージを受けているようですが変わらぬうざさはさすがです。

「ほらほら我が王、血ィ拭いて。ただでさえ歳離れてるのにその見た目じゃ娘さんもらえませんよ!」

 お母さんかよ。

「なんだ、まだ揉めてたのか」

 やって来たのは勇者ご一行の一員であるはずの戦士でした。もうきたのかとみくもが毛を逆立てると、ガウェインはだるそうに戦士に向かって文句をいいました。

「ランスロットもうきたのかよー、早いよ」

「お前らが遅いんだ」

 戦士は溜め息まじりに言いました。知り合い? ランスロット? なんだか聞いたことありますよその名前! お前らグルだったのか!

「王、俺が魔王やってこいつが倒す茶番やってからとんずらすれば万事OKですって。ほらー」

「臣下は王を守るものですよ。さあお早く」

 私は彼らに負けるかもしれない。みくもはアーサーの顔を見ないまま手を強く握っていました。少し間が空いてから、やがて強く握り替えされます。

「…すまない」

 アーサーの言葉を聞いてガウェインとランスロットは笑って部屋を後にします。部屋に二人きりになったみくもとアーサーの二人はこつりと額を寄せ合いました。

「ごめんなさい」

「謝ることはありません」

 アーサーの優しい声が体に染み入るようでした。ふわふわと心地いい聞き覚えのある呪文のような文句を囁かれています。いけません、これは…。

 覚えているのはそこまででした。みくもは気がつくと家のリビングで寝ていました。外は暗くなり始めています。食卓には薬味が、台所には茹でていないうどんが用意してあります。兄はいないようでした。夢だったのでしょうか。夢にしてはひどい夢でした。感触が残っている気がして額をさわります。

 ぬるりと妙な感触がしました。手をみると赤い液体がついています。ああ。みくもは彼にしてやられたのです。みくもは声を上げて泣きました。うるさいかもと気持ちに余裕ができたら部屋に帰って毛布をかぶって誰にもばれないように泣きました。みくもはしばらく寝込んでしまいます。その間兄は帰ってきませんでした。

 ある日みくもの部屋を誰かが叩きます。

「おい帰ったぞー」

 兄でした。出迎える気になりませんから適当に返事をしておきます。

「おいてめお兄様が帰ってきたっていうのに何無視しとるんじゃー!」

 無視してないのに勢いよく扉を開けられました! 妹の部屋に勝手に入る兄とか最低です!

「まったくよー」

 あれ、そういえば兄ってば謎の賢者様じゃありませんでしたっけ。みくもは兄に担がれてリビングに運ばれます。ソファに転がされると兄はうどんをゆでに行きました。茹で上がったうどんはやたらたくさんありました。二人じゃこんなに食べられません。

「土産あるから」

 そういうと兄は指笛を吹きます。

 しばらく間があって、台所から顔を出したのはよく知った顔でした。みくもは声がでません。

「…お邪魔しています」

 寝込んだ原因がそこにいました。どんな顔をしていいかわかりません。どんなことをしていいかわかりません。お互い様なのかもしれませんが、反射的にみくもの体は動いていました。

「この…馬鹿野郎がァアアアア!!」

 コークスクリュー! 効果は抜群だ!

「お互い様だ…これで勘弁…勘弁…」

 ふえーん。いつもの調子を保つのはこのくらいで限界でした。

「あーあ、てめ人の妹泣かせて覚悟はできてるんだろうなあ」

「はい、幸せにします」

「なんかむかつく」

 その日のうどんは鳥塩でした。

 どうやらあのあと見かねた兄が助け船を出してくれたそうです。アーサーはうまく勇者にやられ、部下もどうにかなり、世界は平和になりました。めでたし。

 兄が部屋に戻った後、二人はリビングでまったりしていました。ソファに隣り合って座りますが、どうしても一人分距離ができます。

 だって!! はずかしいじゃないですか!!!

「それにしても目の前にマーリンが現れたときはまたかと絶望しました」

「え!? な、何!?」

「貴方は無理をしますからね、お兄様が貴方かと思いまして…」

「あ、ああ。…麗しのアニーに助けられてよかったじゃないか」

「また貴方は…」

 そういってアーサーははたと何かに気がついたように口元に手をやりました。みくもの口元に海苔でも…?

「うっかりしていました。こんなことに気がつかないなんて」

「なに? 職はアニーが紹介してくれるってよ」

「いえ、そうではなく」

 アーサーは咳払いすると真面目な顔でみくもに向かい合います。一人分の隙間を自然に詰められて、みくもは内心恥ずかしさで絶叫しました。

 みくもが身構えると、アーサーはこう言いす。

「私の名前はアーサーです。貴方のお名前を教えていただけますか?」

 みくもはぽかんとしてしまいました。言ってることが脳に到着するまで数分かかったかもしれません。あっと気が付いたとき、みくもの顔は一瞬で茹でだこのようになりました。

「みっ」

 その先が全然口から出てきません。しばらく空転する頭と乾く喉と戦って、やっとのことでいってのけました。

「みくもっ、です…っ!」

 これから自分の名前が彼に呼ばれることを考えると、みくもは嬉しいけれどそれに勝る恥ずかしさでどうにかなってしまいそうでした。



これでおしまい

魔導物語のラグナスの話が大好きです。アーサーのモデルはラグナスです。ラグナスすき。なんでぷよクエ鎧だけでてくれないの?


突っ込みどころを纏めてみた↓


1、何故題名が嵐の魔王なのか。アーサー王が台風の悪魔になったという伝説がどっかに残っているらしいので。

2、かなえた願い事について。死んだ人甦らせるのは流石に出来なそうでしたので、現在地の時間軸をずらすのに一回。円卓の騎士を含む軍勢を手に入れるのに一回。最後はマーリンのことについて願いましたが、本来マーリンはいないはずの人間でしたからテュルフィングのツンデレでノーカンになりました。彼だって好きで魔剣として打たれたわけではありませんしね。サービスです。サービス。

3、兄は賢者マーリン(本物)のアンテナの一つなんじゃないかなあ???

4、魔剣テュルフィングは北欧神話の武器。今は鬼怒川の他の話に出てくる飴城駅前の五十君ビルヂングで時計屋やっています。

5、神様はテュルフィングに何らかのお願いをかなえて貰ったあとの破滅待ちでした。チートでしたから破滅まで時間がかかりましたがきちんと因果応報です。


こんなかんじかしら。

最後までおつきあいくださいましてありがとうございました。

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