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孤独な勇者と嘘つき賢者のお話  作者: きぬがわ
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嘘つき賢者のお話

 あるところに普通の女の子がいました。普通の学校に通う、自分でもこれ以上標準的な学生はそうそういないだろうと自負している女の子でした。でもちょっと性格は雑でオタク気味でした。彼女の名前はみくもちゃんです。

 そんな普通なみくもの身に全然普通じゃないことが起きます。気がついたらダリの世界のような異空間的な変なところにいたのです。アリスかラノベかとみくもは思わずつっこみますが、そんな場合ではありません。しばらく辺りを見回して考えた後、出口を探そうと歩き出します。

「おい」

 呼ばれて振り向くとそこには重そうなローブを着た美しい男がいました。というか彼女の兄でした。彼女の兄はアニゲーのコスプレで写真集をだしているようなコアなかんじのモデルさんなので、そんな頭のおかしい格好をしていてもみくもに違和感はありません。

「アニーなにしてんの」

 男の言うことには彼はみくもの兄ではないそうです。

「私は賢者シィ。死にたくなかったらいうことを聞け」

 また兄の頭のおかしいごっこ遊びだろうか。みくもは仕方なくつきあうことにします。

「何を聞けって?」

「しばらく私になってもらう」

 早速意味が分かりません。

 しばらくみくもが賢者様をやることになるそうです。みくもは特別賢いわけでもファンタジー的に魔法を使えるわけでもありません。兄の言っていることはなんだかよくわかりませんが適当にはいはいと流しておきます。ロールねロールというかんじです。

 時間がないからこれで解散と言うように、兄は裁判官のように杖を地面に打ち鳴らしました。それにしても金のかかった衣装と小道具です。

 なんだか辺りが光りました。眩しさに顔を庇います。光はすぐに引きましたが、前を見ると場所が変わっていました。いつもより視界が広い気もします。目の前には見知らぬ青年が立っていました。真っ直ぐな目がみくものことを見ています。

「貴方が賢者様ですか?」

 ロール的にはイエスですが、兄の顔を見慣れたみくもから見ても目の前の青年はお世辞抜きで美青年です。ヨッシャ目の保養という方向に思考がそれたみくもが口にしたのはこの一言でした。

「イケメンだな!!」

 どうやらここは彼女の知っている世の中ではないようです。みくもは賢者であるかとの質問をうんまあそんなかんじとかなり雑に切り抜けると、ここの話を詳しく聞きます。どうやらここは剣と魔法のファンタジー的な世の中で、彼は魔王と戦う勇者様なようです。ラノベか! 彼女のツッコミが冴え渡ります。

 道理で彼の格好がファンタジー鎧的なものだったり剣を腰から下げてたり自分が兄の姿だったり最後にみたコスプレ衣装だったりロッド装備してたりするわけです。試しにメラ! と叫んでみましたが火はでませんでした。この姿は初心者魔法セットではないようです。ケチな世の中です。

 なんだか変な方向に納得しているみくもでしたが、正直現実逃避でした。これは夢です。たぶん夢です。きっと夢です。悪夢よりは楽しい夢です。さあ愉快にいきましょう。

「そういえば私はお前を何て呼んだらいいんだ?」

「勇者と呼んでいただければ結構です」

「それ名前じゃないだろ。勇者の何さんなの?」

「私は勇者です」

 不思議そうに首を傾げる勇者にみくもは違和感を感じました。

「…お前もしかして名前が勇者なの?」

「それ以外に私を指す言葉はありません」

 みくもは唖然としてしまいました。なんだそれ、あんまりです。

「なんで名前が勇者なのさ。初期設定でプレイしてるんじゃあるまいし」

「何をいっているのかよくわかりませんが、勇者は私一人なのですから私の呼び名は勇者で十分です」

 足りません。全然足りません。勇者には一般論が通じませんでした。ただのボケでは無いのです。筋金入です。

 彼はひどく口調が事務的でしたし、なにより信じられないくらい無表情でした。鉄仮面でも被っているのかと疑って頬をつねってみるくらいには無表情でした。意外と柔らかく癖になりました。みくもの行動の一つ一つを彼は首を傾げているようでしたが、顔にはでませんでした。

 ふうとみくもは息をつきました。

「私は今日からマーリンで、お前は今日からアーサーな」

「は?」

 勇者なんて呼び方があまりにあんまりなので、みくもは彼にあだ名をつけます。彼からも賢者と呼ばれるのがなんとなくいやだったものですから、自分のあだ名はマーリンです。何故って賢者シィと賢者マーリンって海っぽくて似てますから。

 あだ名の由来に興味があるらしい彼に、みくもは大ざっぱにアーサー王伝説について説明します。あんまり詳しい訳ではないので半分くらい間違ってる気もしますがまあ気にしません。そんな細かいことよりどちらかというと楽しげに話を聞く彼の様子の方が気になったし気に入ったからです。

「というか私はどうやって帰ればいいんだ?」

「わかりません」

「おい」

「文献には返還については書いてませんでしたし、本で読んだ賢者様はあらゆる魔法に通じているとありましたので…」

「通じてなくて悪かったな!!」

 悔しくなったので子供向け魔法入門書を買って読むことにしました。

 勇者と共に旅を続けてみくもは思いました。この国はなんだか変です。勇者が仲間と打倒魔王しちゃいけないとかは代表的な例ですが、不思議なことに国を救う勇者である彼を町の人たちは応援も歓迎もしていませんでした。決まり事なのか必要なものは用立ててくれます。なのにこちらを見ようともしませんし、必要以上口も開きません。

「いやな国」

 みくもは一応賢者という立場でもっと彼と一緒に旅をします。ファンタジーですから魔物的なものもいます。彼は有り得ないくらい万能勇者だったのでボスクラスも大体一人で倒せてしまいます。みくもはお荷物でした。せめて自分の身は自分で守ろうと今日も頑張ってロッドをスイングします。結構いけます。

 一緒に旅をしているうちに、彼の表情は段々緩んできます。みくもはそれが嬉しくて、普段そんなキャラではありませんがなるべく楽しいことをいったりやったりすることにしました。そのうち彼は笑うようになります。目指すは爆笑です。今はみくもの方が背が高いので、毎日彼を見下ろしては色々企みました。

 あるとき魔王の元にたどり着いた二人は魔王を見て絶句します。彼の理由はわかりません。みくもの理由は簡単でした。だって魔王の姿が普通の学生だった自分なんですもの! そりゃ啖呵切って殴りかかったりもします。そんな賢者様の姿に彼は驚いてというか引いていました。コンチキショーです。

 でもあれが自分なんてそんなことはいえません。だって賢くなくても魔法がだめでもみくもは彼の賢者様なのです。彼にとって賢者というものは大きなものです。ずっと一人でいることを課せられているのにルール違反ギリギリの線で手繰り寄せた彼の希望なのです。そう理解しています。

 みくもは賢者様でいなければいけません。魔王には軽くのされてしまいましたので辛くも逃げ出します。どうやら魔王は深手を負わせて逃げた後は時々姿が変わるという話が残っているようです。なんだか嫌な感じです。そういえば忘れていましたがあの賢者野郎一体どこに行きやがったのでしょう。

 そうですあの野郎がいさえすれば全ては解決するのではないでしょうか。でもあの野郎が帰ってきたらみくもは彼の賢者様ではなくなってしまいます。それはいやです。みくもは今までのように彼と一緒にいたいです。こうなったらもう自力で中身も賢者になるしかありません。賢くなる! みくもは決意します。

 夜を徹していろんな本を読みます。寝不足気味になりますが気にしません。魔法を一人で学ぶのも限界がありますので、彼からも教えて貰うことにします。寝る魔法を教えて貰ったので時々彼にかけてによによします。流石元々賢者様というべきか、コツを掴めば上級魔法を覚えるまであっという間でした。

 この調子でいけば二人がかりで挑めば魔王を倒し生きて帰るのも夢ではありません。なに、決まりなど知ったことではありません。勝った者が正義なのです。みくもは張り切りますが、そんなみくもを眺めながら彼は満足そうに微笑みます。

「きっと私は魔王を倒しますが、そのときは死ぬんでしょうね」

 否定するみくもに彼はこの国と魔王と勇者と神様について詳しく話します。話を聞いてみくもは愕然としました。では、魔王は本当に遊んでいるだけではないのか。倒せるくらいの強さで人を弄んでいるのか。目の前でルールを破ったらゲームオーバーということになるのではないだろうか…。

 そんなたちの悪い遊び方をする神様です。ルール違反はどうなるかわかりません。クソなこの国がどうなろうと知ったことではありませんが、きっと彼は殺されてしまうでしょう。ルール違反の抜け道はなさそうです。魔王に挑む者は一人でなくてはならないのです。それを彼は一人で背負わされているのです。

 彼はなんでもないように自分が死ぬしかないことを語るのです。しかも笑うのです。みくもが教えた笑顔です。それはそんな風に使うためのものではありません。そんな風に笑わせるためにみくもは一緒にいたわけではありません。彼がこんな国のために生まれて笑って死んでいくのが許せません。

「そんなもの捨ててしまえ!」

仕方がないと諦めきって笑う彼にみくもは懇願するように叫びました。

「お前の死を願うだけの世界なんて捨ててしまえ! 私と一緒にこい! 私のいた所もいい所とはいい難いが、ここよりはずっとましだ!」

 彼は驚いたようでしたが、やがて困ったように笑います。

「お断りします」

「なんでだ!?」

 割とショックでした。なにしろプロポーズばりの覚悟でしたから。困った顔のまま彼はいいます。

「帰れないでしょう?」

「そうだった!」

 忘れていました。二人には逃げる場所がありません。国の外なんてものが、ここにはあるのでしょうか。

「そもそもお前が後先考えずに召喚魔法なんて使うから!」

「すみません」

 というかこの男は呼びっぱなしでみくものことを放置していくつもりでしょうか。許せません。責任をとってもらいたいものです。

「それにしてもやりにくい」

「なにがだ!」

 ほわほわ何かを思い起こす彼を殴りたくなります。

「今度の魔王はやたらと可愛らしいですから、攻撃しにくいでしょう?」

 彼が何をいってるのかみくもには一瞬わかりませんでした。

「は?」

「あんなに可愛い女の子はどの街でも見たことありませんから」

 しばらく意味を考えて、あれっとみくもは思いました。頭が真っ白です。心拍が上がります。

「ばっ」

 何がなんだかわかりませんが、はずかしいことだけは確かです。自分の顔が赤いのが自分でもわかります。でも、見た目があれでも中身があれで可愛いってお前。みくもはロッドを握りしめました。

「馬鹿かー!!」

 スイング!あんまり気は晴れませんでした。

「明日行ってこようと思います」

 とうとうこの日が来てしまいました。現状を打破するいい方法は見つかっていません。

「私はマーリンを家に返さなくてはいけませんから、きっと帰ってきますよ」

 彼は笑いますが、最近の彼の笑顔は信用なりません。みくもは不機嫌にそっぽを向きます。

「嘘付け」

 彼が眠ったあと、みくもはちょっとやそっとじゃ起きないように彼に眠る魔法を重ね掛けします。時間稼ぎです。みくもが決めたあることの邪魔をされては困るのです。頬をつねっても彼は起きません。ばーかばーかと貶しても起きません。みくもはしばらく彼の顔を眺めると平和だなあとこぼしました。

 こつり、みくもは彼のおでこに自分のおでこをくっつけていいます。

「いってきます」

 そうしてみくもは出かけました。魔王の所へ行くのです。

 彼はみくもに魔王のいる場所を秘密にしていたようですが、荷物を漁ると簡単に魔王の招待状がみつかりましたので場所はばっちりです。ちょろいやつです。

 魔王のダンジョンはやたら罠がありました。部屋に一つくらいは確実に張ってあり、かわしてやったと思うたびに追撃を受けます。でも罠でボロボロになるたびにその先の宝箱の中身で回復できました。時々中には魔物的なものが入っていました。お金もありました。みくもは遊ばれている気持ちでいっぱいです。

 エンカウント率は非常に高かったですが、みくももかなり強くなりましたので屁でもありません。やがてダンジョンの終点にたどりつきます。そこでは見覚えのありすぎる顔が待ち受けていました。

「やあようこそ。君がきたか」

 魔王はうきうきな様子です。反吐がでます。

「いいのかな?」

「うるへー」

 みくもはたくさん魔法を唱えました。そちらが魔法ならこちらもと魔王も魔法を唱えます。互角のように思えました。遊ばれているのかもしれません。衝撃で床にいくつもクレーターができました。炎であちこち焼けてしまいました。風が柱に爪痕を残しました。決着はつきません。

 隙あらば魔王をのしてその外見の事情を吐かせようかと思っていたみくもはもう諦めていました。これは本当に殺す気でやらねば勝てません。勝てないどころか殺されてしまいます。ラスボス戦がこんなにつらいとは思っていませんでした。これは強い彼も諦めてかかるわけです。でも負けるわけにはいきません。

 負けてしまったらみくもが魔王に挑みに来た意味がないのです。生き残ることを諦めてかかって、生きて勝てる相手ではありません。勝たねばなりません。刺し違えてでも。そうでなければ…。

 みくもは何度か魔法を受けてもはや自分が生きて帰ることを諦めていることに気がつきました。これでは彼と同じです。ですが傷を癒す暇がありません。攻め、防がなければ。

「おやおやもう終わりかな?」

自分と同じくらい、いやもっとダメージを受けた外見なのに魔王は元気です。

「まだまださ」

 腹が立ったので渾身の一撃を食らわせてやりましょう。目指せクリティカル!

 きっとどんな形であれこれで終わりになるでしょう。

「私はな、前から自分を惨殺するのが密かな夢だったんだ」

「その夢、叶うかな?」

「叶えるさ!」

 みくもは大きな大きな魔法を魔王に浴びせます。魔王は楽しそうでした。

 みくもは疲れてしまいました。柱に寄りかかったまま、もう一歩も動けません。魔王は少し離れたところでボロボロのままたっていました。みくものことをみています。剣を杖代わりにしていますが、立っている事実に対してみくもは息をつきました。負けました。完敗です。体が痛くてたまりません。

 きっとみくもは死んでしまうのでしょう。無駄死にです。

「意外だ」

 魔王は満足そうに口を開きました

「頑張ったね。こんなに楽しかったのは久し振りだ」

 そういうと、魔王は地面に剣を突き刺したままゆっくりと崩れ落ちます。

 ぼんやりとそれを見ていると、みくもの耳元で何かが囁きました。

「合格です」

 合格だそうです。合格。それってどういうことでしょう。魔王であったものはもう二度と動きませんでした。よくみると出血がひどく、もう死んでいるかもしれませんでした。ああ、私は死んだのだ。私が殺したのだ。みくもは悲しくなります。だけど私は魔王を相手に勝って生き残ったのだ。ざまあみろ。

 笑ってやります。おなかが痛いです。そろそろ彼は起きたでしょうか。みくもがいないと心配するかもしれません。しばらく休んで動けそうなら歩いて帰りましょう。ランナーズハイでしょうか。何でもできる気がします。いやできるに違いありません。何せみくもは魔王を倒したのですから。

 時間間隔が麻痺しているらしくどれだけ時間がたったのかみくもにはよくわかりませんでしたが、休んでいるとそのうち誰かの足音が聞こえました。どうやら彼が迎えに来たようです。立ち上がろうと思いましたがうまくできませんでした。

「貴方はなんてことを」

 目の前にしゃがむ彼に魔王の言葉を伝えます。むせそうだったので早口でしたが、伝え終わると吐血しました。やばいです。しにます。

 これは本格的にいけません。自分は死ぬようです。これは自殺になるのでしょうか。

 彼の顔をみるとえらく青ざめていました。端から見ても死ぬようだとわかるようです。魔法で治してくれようとしますがぬくいだけであまり治りませんでした。ああ、死ぬんだな。改めて納得しました。コンチキショーです。

「うら、これでお前はこれから自由に好きなことができるんだぞ。よかったじゃないか。笑えよ」

 自分で言っておきながら難題だと思いました。自分は彼がこうなるのが耐えられなかったからここへきたのです。

「私は一つ夢叶えたぞ。おまえは?」

 みくもは彼に平和をもたらしたのです。満足です。

 …いえ。

 いいえ、いいえ。これは自己満足です。本当はこれでいいはずないのです。

「私は夢がいくつか潰えそうです」

「ザマアー」

「何故こんなことを?」

「なんとなく」

 嘘です。一緒にいたかったからのはずなのです。

「わーらーえーよー」

「貴方が居なくなるのにどうして笑えるんですか?」

 みくもは答えずに笑って誤魔化しました。笑ってから喉の奥からこみあげてくる何かをこらえながらこぼしました。

「うっかりしにそう」

 彼は男のくせにボロボロ泣いています。出会った頃と比べると月とすっぽんです。きっともっと一緒にいられたなら色んな顔が見られたでしょう

「泣くなよー。計算外だなあ、私は間違えたのかな」

 どこからかわからないですがみくもは間違えたのです。だから彼は泣いているのです。

「泣かないで、大丈夫だから」

 そういってみくもは彼を慰めますが逆効果でした。

 ああ、一緒にいたいな。泣いてほしくないな。笑ってほしいな。みくもは心から思います。

 みくもは人生が惜しくてたまりませんでした。


 おしまい

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