表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤独な勇者と嘘つき賢者のお話  作者: きぬがわ
1/3

孤独な勇者のお話

 あるところに勇者がいました。彼は魔王を倒すために生まれてきて、魔王を倒すために生きてきた生粋の勇者です。勇者さま勇者さまと呼ばれる以外に名前はありませんでした。勇者は世界で自分一人なのですから、それ以外に呼び名は必要なかったのです。

 勇者には仲間はいませんでした。魔法使いも僧侶も戦士も一人もいません。昔からそういう決まりでした。勇者は昔から一人で魔王に挑み、大抵は差し違えて死んでしまうものでした。そうなるだろうとわかっているのに決まりは変わりません。何しろこれは神様が決めた決まり事なのですから。

 勇者はあらゆる困難を乗り越えて、やっとのことで魔王に深手を負わせ追いつめます。ですが魔王はこんなに楽しい遊びを終わらせてしまうのは惜しいと勇者の隙をついて逃げてしまいました。次に会ったときには傷は回復していることでしょう。

 平和のために。人々のために。そう教えられてきた勇者はその通り働いてきたつもりです。ですが時々自分は本当にそのように働けているのか疑問を持ってしまいます。国の人達は魔王と戦っている勇者に宿も武器も道具も薬も無償で用立ててくれますが、勇者と話すときは誰一人いい顔をしないのです。

 疑問に答えてくれる人はこの国にはいません。勇者は幼い頃本で読んだ賢者様に会ってみようと試みます。賢者様ならば自分の疑問を解消してくれるかもしれない。ですが賢者様の居場所を記す文献も人も見あたりません。仕方なく勇者はダメ元で召喚陣をひいてみることにします。

 早く魔王を倒さなくてはならないし、魔王を倒すことが人々のためになることだというのはわかっているのです。でもきっと魔王を倒したときに自分は死んでいるでしょう。街の人は勇者に多く口を開きません。勇者は知りたかったのです。口にすると崩れてしまうようなこの不安が何なのか。

 仲間のいない勇者ですから、攻撃魔法、防御魔法、回復魔法まで今まで自分でまかなってきました。魔法はお手のものです。召喚なんて初めてで本を片手に苦戦しましたが、なんとかなりました。陣の中から現れたのは、重そうなローブを着た美しい顔の男でした。

「あなたが賢者様ですか?」

 開口一番男の台詞はこうでした。

「イケメンだな!!」

 あ、あんまり賢くなさそうだな。勇者の感想はこれに限りました。

 勇者はこの国のことをさっぱり知らない賢者様にこの国のありかたや魔王について教えます。

「おかしいだろ。そんな相手に一人で挑ませるとか。なんで国のやつらは協力しないのさ」

「そういう風になってますから」

「いやおかしい。絶対おかしい。よし、私が一緒に魔王倒すよ!」

「駄目です一緒に戦うのは禁止されてます」

「バレなきゃいいんだよ」

「駄目です」

「真面目だなあ。じゃあとにかく一緒にいくから。一緒には戦わないけどついてくからな」

「そんなお手を煩わせるために呼んだわけではないのです」

「いいんだよ帰れないし」

 とにかく賢者が仲間になりました。賢者はひょうきんで明るく楽しい人ですが、賢いかと言われれば微妙で、魔法ときたらさっぱりできませんでした。ですが重いロッドからくり出す打撃はかなりのもので、自分の身は自分で守るくらいはできるようです。時々こっそり助けられたりもしました。

 魔王を探しながら2人は楽しく旅をします。人と一緒にいることがこんなに楽しいなんて勇者は知りませんでした。あるとき賢者はこういいます。

「私は賢者シィで君は勇者なんだよな?」

「その通りです賢者様」

「シィとか賢者って呼ばれるのもいやだから私のことはマーリンと呼びなさいな」

「は?」

「ついでに君今日からアーサーね」

「は??」

「マーリンといえばアーサー! アーサーといえばランスロット!! いや、ここはマーリンっていうべきか。まあいい。勇者だけじゃ味気ないからさ」

 こうして勇者には自分だけの名前ができたのです。なんだか嬉しい勇者でした。

「お前は本当にイケメンだな」

「マーリンは本当に変な言葉を使いますね」

「普通だよ普通。イケメンな上にサバ飯上手で剣も魔法もいけるクチとか、どんだけ万能なんだよまったく。ときめくぞコラ」

「トキメクゾコラ?」

「わあ、なんかMP吸収しそうな呪文」

「しませんよ」

「知ってるよ」

 あるとき魔王の元にたどり着いた2人は魔王と対峙して絶句します。勇者は目の前にいる魔王の姿が今まで見慣れていた姿ではないことが原因でした。賢者の理由はわかりません。再びまみえた魔王の姿は自分よりいくらか年下の少女の姿をしていたのです。しかもやたら勇者の好みでした。

「やあようこs」

「おうテメエ私がお前を殴り倒して世界を平和にしてやっから覚悟せえや」

 賢者は殺る気満々でした。今までにみたことのないような怒り方で勇者は少なからず引いています。賢者は何度かロッドで殴りかかりますがひらひらかわされてしまいます。呆けた勇者は完全に放置されていました。

 結局賢者は魔王に軽くのされてしまい、勇者は撤退を余儀なくされます。しょんぼりする賢者を慰めていると、賢者は魔法使えるようになる!と張り切りはじめました。どちらかというと物理を極めた方がいいんじゃないかと思う勇者でしたが、そこは何も言わずに本人の自由意思を尊重することにしました。ついでに魔法上級者ですから、先生役をつとめます。

 出会った頃は魔法なんてさっぱりだった賢者でしたが、何時の間に練習したのか中級魔法くらいは使えるようになっていました。でも魔王を相手にするにはまだまだ足りません。

 最近寝不足らしいという話をしたので、とりあえず手始めに相手を眠らせる魔法を教えてから上級魔法の練習です。そこは流石賢者というべきか上達が早く、勇者もカルガモの雛を育てているような気持ちでいっぱいになります。あっという間に勇者を追い越してしまいました。いやはや、才能とは恐ろしいものです。

 そんなとき魔王から招待状がとどきます。最近暇だからかかってきなよかまいなよーというかんじです。そろそろ自分も年貢の納め時だろうか。勇者も本当は早く魔王を倒して人々を救わなければいけないことぐらいわかっていたのです。けれど自分と対等に接してくれて、一緒に笑いあえる人に出会って人生が惜しくなりました。平和のために、人々のために。自分は教えに反しています。

 賢者を呼ぶきっかけになった疑問と不安は、結局賢者には打ち明けませんでした。賢者と一緒に旅をするうちにそれは手のひらに乗せた氷のように少しずつ解けてなくなっていたのです。

「きっと私は魔王に勝ちますが、そのときはやはり死ぬんでしょうね」

「決めつけるなよ、決まり事なんてぶち壊して私が助けるから」

「駄目ですよ」

 そして勇者は賢者に大雑把にしか教えていなかった魔王と勇者の決まり事について話します。要約するとこうです。魔王の正体はこの国の宗教の一番偉い神様なのです。神様は間隔はまちまちですが百年二百年に一度人々に試練を与えます。

 暇だから様々な災厄を振りまいてやる。人間の代表を一人出して私を倒して見せろ!

 ひどく傍迷惑な神様です。それでも人々は従わないわけにはいきません。神様の仰せですからね。逆らうと滅ぼされてしまいます。代表を選び、育て、神様にぶつけます。相手の神様を満足させねばなりません。なにせこれは暇つぶしのお祭りなのです。満足させなければお祭りは終わりません。そのときの勇者が沢山人々の希望を背負って死んでいきました。きっとアーサーも…。

「そんなのは勇者なんかじゃない! ただの生け贄じゃないか!」

 賢者は顔を真っ赤にして怒ります。勇者は何をそんなに怒っているのか理解できません。何故なら彼はそのために生まれ、そのために育ち、そのために旅を続け、そのためだけに生きてきたのです。

「仕方がないんですよ」

 そう言って勇者は笑います。笑っていたら賢者にグーで殴られました。

「仕方がないわけあるか! お前に全部押し付けておまえ以外の奴らは何もしてないのに幸せになるのか?! お前が死ぬかもしれないのわかってて何もしないのに?!」

「かもではなく死ぬんですよ」

 今度は鈍器で殴られました。

「より悪いわ! なんだ! この国の奴らはお前が死ぬことを願うだけで幸せになるかもしれないわけだな!? クソみたいな国だな!」

「そういわず」

「アホか! もう捨ててしまえ!」

 そう言われて、勇者は言葉の意味をすぐに理解することができませんでした。何を捨てろというのでしょう。

「お前の死を願うだけの国なんて捨ててしまえ! 私と一緒に来い! 私のいたところもいいところとは言い難いが、ここよかずっとましだ!」

 思いも寄らぬ提案でしたし、それはとても魅力的なお誘いでした。ですが…。

「お断りします」

「なんでだ!?」

「帰れないのでしょう?」

「そうだった!」

 がびーんとでもいうような感じに賢者はショックを受けました。

「そもそもお前が後先考えずに召喚魔法なんて使うから!」

「すみません」

 ぷりぷり怒る賢者を見ていると、勇者は自然と笑顔になってきます。この人を生かすために死ぬのなら、それもいいかもしれません。

「それにしてもやりにくい」

「なにがだ」

「今度の魔王はやたらと可愛らしいですから、攻撃しにくいでしょう?」

 それをきいて賢者の顔一瞬でハニワのようになりました。

「は?」

「あんなに可愛い女の子はどの街でも見たことありませんから」

 勇者の言葉をきいて、時間差で賢者の顔はみるみるうちに赤くなっていきます。えあ、とか、う、とか何か言おうとしていたようですが、いまいち言葉になりません。

「ばっ」

 そこからしばらく賢者は口をぱくぱくさせていましたが、やがてぐっとロッドを握りしめて勇者を睨みつけました。

「馬鹿かー!!」

 ロッドでスイングされた勇者は頭をかち割られるかと思いました。一体何がなんだかわかりませんが、しばらく賢者は勇者と口をきいてくれませんでした。

 そろそろいい加減魔王と決着をつけなければなりません。翌日挑みにいこうという夜、勇者は賢者に話します。

「私はマーリンを家に返さなければなりませんから、きっと戻ってきますよ」

「嘘付け」

「きっとですよ」

「あれだけ諦めムードだったくせに」

「約束ですよ」

「うそつけー」

 次にお布団に入っていた勇者の目が覚めるたとき、日付は2日たっていました。翌日ではありません。勇者は混乱します。一体なにが起こったのでしょう。近くに賢者の姿はありませんでした。とんでもない寝坊です。あんなことを言ったのに賢者に笑われてしまいます。こんなことははじめてでした。

 探しても探しても賢者はいません。なんだか妙です。街の雰囲気は明るく何だかお祭りでもしているようでした。支度を手早く整えると勇者は急いで魔王のところへ向かいます。嫌なことを思い出したのです。勇者が初めて賢者に教えた魔法は眠りの魔法でした。

 魔王のダンジョンには魔物的なものは一匹もいませんでした。罠という罠は発動していましたし、宝箱という宝箱は中身がありませんでした。いやな予感がしまくりです。賢者はやたら罠に引っかかる人でしたし、宝箱に目がありませんでしたから。

 ダンジョンの終点にたどり着くと、そこはひどい有り様でした。床という床にクレーターができ、壁という壁は焼け焦げ、柱という柱は巨大な爪痕がついています。静かでした。生きているものはいないように思えました。実際、部屋の奥には少女の死体がありました。最後にみた魔王と同じ姿です。

 勇者が絶句していると、微かに瓦礫が崩れる音がします。駆け寄ると崩れかけた柱の影で賢者がぐったりしていました。

「おいっす」

 賢者はその場にそぐわぬ気の抜けた挨拶をすると、困ったように笑いました。

「貴方はなんてことを」

「伝言」

 賢者は大きく息をつきます。

「今回は意外だったけど楽しかったから合格だってさ。これにて一件落着、世界は平和になりました。めでたし」

 賢者は一気にそういうと咳き込みました。吐いたのは胃の中身ではなく明らかに血液です。見るからに致命傷を負っているようでした。虫の息とはこのことです。

 魔法で治せる範囲というものがあります。明らかにその範囲を超えていましたが、勇者は必死に治そうとします。無駄でした。

「うら、これでお前はこれから自由に好きなことができるんだぞ。よかったじゃないか。笑えよ」

 笑えるわけがありませんでした。

「私は一つ夢叶えたぞ。おまえは?」

「私は夢がいくつか潰えそうです」

「ザマアー」

「何故こんなことを?」

「なんとなく」

 嘘をつけ。立場が逆です。

「わーらーえーよー」

「貴方が居なくなるのにどうして笑えるんですか?」

 あれと勇者は思いました。賢者があのとき怒ったのはこういうことだったのかもしれません。

「うっかりしにそう」

 うっかりどころじゃありません。

「泣くなよー。計算外だなあ、私は間違えたのかな」

 間違いどころじゃありません。

 賢者は泣き止まない勇者を慰めていましたが、段々声が小さくなってやがて黙ってしまいました。もう話しません。

 しばらく勇者はそのままぼんやりしていましたが、やがてふらりと町の様子を見に行きました。町は魔王が倒されたことを知っているようでした。お祭りの正体はこれです。皆が勇者をたたえ魔王もとい神様を崇めています。皆勇者が死んだと思っているようでした。

 いえ、勇者というのは人々の代表であり、魔王と戦い満足させそして死にゆく人をそう呼ぶのです。勇者は確かに死にました。彼はもはや勇者ではありませんでした。最初から勇者ではなかったのかもしれません。彼はそのとき、自分に残ったのが賢者からもらったアーサーという名前一つなのを知ります。

 なぜ、この人々は笑っているのか。なぜ、この人々は喜んでいるのか。なぜ、この人々は幸せそうなのか。何故か。アーサーは考えます。なぜ、この人々はあの人の死を笑っているのか。なぜ、この人々はあの人の死を喜んでいるのか。なぜ、この人々はあの人の死のお陰で幸せそうになるのか。わかりません。

 アーサーは夕闇の迫る街を背に賢者の元に戻ると、賢者の冷たい手を取ります。意味なんてありません。そうしたかったのです。

「願いを叶えてやろうか」

 そんなベタベタな台詞が聞こえてもツッコミをいれない真面目さがアーサーの売りです。アーサーはゆっくり振り返ります。誰もいませんでした。ホラーです。

「三つだけ貴様の願いを叶えてやろう」

 声のする方へ歩いてみます。生きたものは見あたりませんでした。見えるのは、瓦礫と死体と不気味な魔王の剣だけです。

「願いが全て叶うとき貴様は破滅するだろう。それでも構わないのなら、私を手に取るといい」

 それでもかまわない。彼は思います。

 アーサーは剣を手に取ります。不気味な剣のデザインがぐにゃりと形を変えたように見えました。笑ったのかもしれません。

「願いを」

 願いを。彼の願いを。

「神殺しを」

 あの人の死を祝う世など捨ててしまえ。

「この国の滅亡を」

 あの人の死を食む世など滅ぼしてしまえ。

「そのための力と」

 アーサーは俯いて喉に詰まった想いを必死に吐き出そうともがきながら嗚咽をこぼしました。

「あの人の笑顔を」

 振り絞るような言葉を聞き届けると、声は低く答えます。

「その願い、叶えよう」

 一人の青年と一振りの剣は、そのまま夜闇に姿を消しました。



 おしまい

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ