兄に病む妹なんているはず無い
『ねえ。なにこれ?』『この人誰?』『その人ってどんな人?』『この本なに?』
一体いつからこのような台詞を妹から聞くことがが増えたのだろうか?
小学校、中学校でも俺に関して、イライラしていたり喧嘩をするような妹が、一体俺にかかわるようなったのはいつからだろう?
そんなことを今俺は、トイレで考えていた。なにも用をたしているわけではない。
「なに、これ?」
いらついているのか、ケータイを見ながらなのか、外から聞こえる妹の声のトーンがいつもより低い。
俺はいわゆる袋のネズミ状態。絶賛篭城中です。助けて。
多分この扉の向こう側には、いかにも不機嫌そうなかおした妹がいるに違いない。
ここまで追われるときにカッターナイフ持ってたのを見た……、確か。
まあ、ここから飛び出れば、悪くて惨殺かな、アハハ。
カッターナイフで妹が兄の首を切断という記事が三面を飾っても困るんだが……。運が良ければ、いつもの俺からは予想がつかないような神業で取り押さえる事が出来るととても助かる。
しかも残念なことに今日に限って両親がいないんだよな。
ガン、ガン!
ほら、今ドアを叩いてきましたよ。恐怖ですよ!!
「開けな、開けて説明すれば許してやってもいいよ!」
ギャー!死ぬ。殺される。友達の女の子と少し連絡とっただけで命の危機なんていつ考えるよ。つーか許すってなんだ?
ちなみに妹が見てるのはほんの三日前のメールの事だったはずだ。実はもっと見てたりして……はぁ。
男の友達との連絡も多いんだけどな、俺。
「何でこんなに複数の人と関係があるの?答えなさい!」
ああ、どこまで見てるんだよ。下の方だよ、そんな女の人との連絡は、してませんよ、ホント。ああ、こんな事になるなら本の一冊でも持ってくるべきだった。
「そんなに黙秘するならいいよ。どうせ私に言えないようなことなんでしょ。私なんかいらないんだ。もういい。手首切ってやる!」
あぁ、あのアホは。なにをするんだ。
さっきまで頭に飛び交っていた危険もすべて消し飛んで鍵を開けドアを開く、もう既に目の前の妹は手首にカッターを押さえている妹がいた。
「馬鹿!!なにやってんだよ!!」
家の廊下とは狭い。ここで暴れることも出来ないために抱きしめることにした。しっかりカッターを無力化し、遠くに投げた後に。
「俺の妹はお前一人なんだ。変な事するなよ。お前がいなくなるのは一番悲しいんだからな」
若干泣きはじめた妹を強く抱きしめた。妹からは見えてないはずの俺の視線は、無力化して投げたカッターの位置を確認。よし、あれは危ないしな。命の安全を確認し終え、今自分の携帯を探していた。
くそなかなか見つからない。どこ行ったんだ?
「ねえ。そんなに私が大事なら一緒にいて。そうすれば、私落ち着くから。」
ぐずぐずと鼻を鳴らしながらいう妹に耳元で「うん」としか言えなかった。しょうがないだろ、それしか言えなかったし。
「そうだ、今から向こうの部屋に来て。そうすればもっと落ち着いていられるよね」
なんだか少し怖くなって頷くことも出来ずにいると、それを察したのか行動に変化が現れた。
「一緒にいてくれないなら、お兄ちゃんを刺してやるんだから」
いつの間にかカッター(二本目)が既に妹の手に握られていた。し、死ぬ。
刃自体は出ていないが、最悪刃渡りは10cmはありそうだ。黒い…、黒いよ。なんか黒いものが妹から大量に滲み出てきてる気がするよ。
全く、何とあさはかな。ボディーチェックするべきだった。抱きしめる前に。
刃はまだ出ていない状況で首に突き付けられて背後から動くように指示された。
「……なあ、俺のケータイ知らない?」
「まだお兄ちゃんの事信じられないから、どこにあるのかは教えない。どうせ幼馴染の先輩に助けを求める気なんでしょ。そんなの許さない。あんな女より私を見てよ」
とうとう手が付けられなくなってきた。仕方がないから素直に、泣く泣く要求をのむ。
俺は椅子に座りそのうえに妹が座った。
確かカッターは右のポケットに入れたはずだと思いながら少しズボンに触っていく。
「なに?お兄ちゃん私の事が好きなの?それとも―――」
ごそごそと俺の前で動いた。
「―――これを探してるのかな?」
自分で刃物を俺の目の前に出してきた。
「そういう細かいことに気になるような細かい人は嫌いだな」
「…………………………」
なにを、俺は、何を言えばいいと。何を求めてやがる。
「愛してないなんて言わせないよ。こんなに妹の私がベトベトしても嫌な顔一つしないじゃん。それなら好きでいいんだよね」
奴がこちらに体ごと振り返る。
「もしほかの子を好きになったら。私が殺してあげる、あなたが私しか見られなくなるように」
今、目の前に見えている、表情が消えうせた顔が、もう一生脳に焼き付いたと思う。この記憶を削り剥がすのは一苦労になりそうだ。
「そうだ、ちょっと待ってて」
おっ、やっと解放されるのか?
はっ?ん?………。痛い痛い痛い!
「これでよし、お兄ちゃんは動けない。少しくらい跡がついても私のものの印になるからいいよね」
椅子に縄で固く縛られてしまった。そういう彼女はなぜか笑顔。こ、こ、怖い。
「よ、よくねーぇ。何がいいんだ?これの」
「なに?私に盾突くの?いいのかな?そんな事して」
何だろう首に冷たいものがぺたぺたと………。
なんだろなぁ?金属に近い感じがする。か、考えたら負けだ。考えたら負ける。
「はぁ、盾突くのは諦めるよ。この縄は一体どうすれば外してくれるんだ?」
「放してあーげない。大丈夫。お兄ちゃんが外に出なくても私が養ってあげる」
ピロリロリーン。ピロリロリーン。
まの抜けた俺のケータイの音がエンドレスで鳴る。「うるさい!」と若干気が立った声で部屋のドアの向こう側に消えた。
再び妹が現れたときには右手には俺のケータイ。ああ、愛しのケータイ。一体どこにいたのかい?
「これ、先輩だよね?」
サブディスプレイにSeirenと出ていた。
ええ、そうですとも。しっかりとは答えませんが。
「ホント先輩しつこいよね。最近特に仲良くなったからって。こんな人と連絡とらなくていいよ、お兄ちゃんには私がいるから。全く私の楽しみを邪魔しないでほしかったな」
そう言って俺のケータイの電池を切る。ああ、電池まで……。
ヤベー死にそう。早く親、帰ってこないかなぁ。誰でもいいから助けてぇ。
「私とずっと一緒だよ、お兄ちゃん。嬉しいでしょ」




