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 さっき見た崖は非常に高かったでしょう?あんなところから飛び降りたらまずひとたまりもありませんでしょう。まず助かる事は無いでしょうな。ところがそういう人は結構いるらしいんです。私の知っている中にもいましたよ。いいえ、知っているどころではありません。何と言っても初恋の人でした。まあ初恋といってもごく淡いものでしたし、それに片思いでしたけどね。とにかく子供の頃からよく知っている人でした。

 彼女は小学生の頃からそれはもう人気がありました。可愛い子でしたからね。私なんぞはどう考えても手が届かない存在でした。しかし分からんもんでしてね、私が学校で一人でいる時は何かと声をかけてきてくれたものでした。まあ父が支店長になったばかりの頃で私も転校生でしたから、友達が出来る前は一人いる事が多かったんですね。休み時間になるととても孤独で、正直不安だったのです。そんな時に彼女が話しかけてくれたり、一緒にオセロゲームをやろうと誘ってくれたりした時には、それは私にとって女神の救済に思えました。何となく分かるでしょう?恋心なんてそんなひょんなきっかけから産まれるものなんですな。それに私は元々大人しい性格だったので転校してきてから割合長く孤独な時間が続いたのですが、彼女はそんな私を放っておけなかったのか毎日のように声をかけてきてくれたのです。お陰で私の学校生活は世間一般が考える転校生のそれと違って少しも憂鬱ではありませんでした。むしろ学校に行くのが毎日楽しみで仕方が無かったくらいなのです。

 私は彼女が何故私にそこまで親切にしてくれたのか、今になってもとんと分かりません。しかし恐らくは彼女が淋しくしている孤独な人間を放っておけない義侠心に溢れた性格だったという事かもしれませんな。とにかく性格の良い子でした。彼女は可愛い上にスポーツ万能で、それに勉強もよくできました。マドンナ的存在という言い方は古いのかもしれませんが、まあ皆の憧れの的です。確か陸上部に所属していたと思うのですが、彼女がポニーテールを揺らしながら校庭のハードルを越える姿を私だけでなく他のクラスや他の学年の男子生徒もついつい目で追ってしまうのです。とにかくそういう存在でした。まあそういうわけですから、その子に恋心を抱いていたのは何も私だけではなかったでしょう。もしかすると私が転校生だったからとか、一人淋しいところに声をかけられたとかいうのも殆ど関係が無く、特に何も無くても彼女に恋心を抱いていたかもしれませんね実際。

 私はそのうちに彼女と少しずつ積極的に話をするようになりました。何故か分からんのですが彼女は私に少しずつ友人が出来てきてからも私に何かと話しかけてきましたし、席替えをすると並みいるライバル達をよそに必ず私が彼女の隣の席になったのです。そんなわけで話をする機会も自然と増えたというわけです。また私も阿呆なもので、そんな幸運が続くと、もしかしたらこれは神のお導きではなかろうか、果ては彼女も私に気があるのではないか、等と根拠の無い自惚れを催していました。いやあ、この年になっても思い出すと恥ずかしくなりますよ。とまあそれくらい彼女と接点を持つには私は幸運に恵まれたわけです。

 そのうちに、彼女があるスポーツ少年団の空手クラブに所属している事を知りました。それは彼女から直接聞いたのではなく、同じく空手クラブに所属する私の友人から聞いたのですね。日曜日に小学校の体育館で小中学生が集まって空手をやっているらしいのです。知ってました?空手というのは沖縄が発祥の地なんですよ。まあそれはさておき、私はそれを知るや否や一目散に親のところに飛んでいって空手をやりたいと申し出ました。私はそれまでどんな習い事をやってもおおよそ長続きしなかったものですから、両親はなかなか了承しませんでしたが、そこは私も必死です。最初の二ヶ月だけお試し期間があってその間は月謝がかからないから、そこでまずやってみて様子を見てくれないかという事を言いました。その頃私の父親はまだ信用金庫に勤めていましたし、月謝といったって月千円くらいのものですから、まあとりあえずそうしようはという事になりました。

 そして日曜日です。私は喜び勇んで朝の八時に小学校の体育館に行きました。空手着も持っていないので、まずは見学ですね。そこに行って驚いたのは、第一にその熱の入り様です。屈強な練習生達は皆、文字どおり一挙手一投足に付けて「おっす!」とか「えいやっ!」とか屁の出そうな程下腹に力の入った掛け声を恥ずかしげもなく叫ぶのですね。そして第二に彼女がその中でも黒帯だったという事です。その流派の階級は白帯、緑帯、茶帯、黒帯とあって、その先はもう初段、二段と上がっていくのです。つまり彼女は有段者だったのです。私はてっきり彼女が軽いお遊び感覚で空手をやっているものと想像しておりましたものですから、予想していなかった程の彼女の本気度合いに驚かされたのです。まあ何と言うか、彼女は一度何かを始めたらとことん突き詰める性格なんでしょうな。あわれ私は体育館の隅に正座し、彼女が拳をうならせて正拳突きをするところを恐れおののきながら見ておりました。そしてあの娘に殴られるならそれも悪くはないかなどと考えておりました。実際強い女性は魅力的だと私は今でも思っておりますですね。

 しかしまあそんな事で怯んでしまう私じゃあございません。恋は盲目とはよく言ったもので、痩せてひ弱な私は無謀にも臆する事無くその空手クラブに入ったのです。それからというもの私は友人からお古の空手着を貰って、毎週日曜日に体育館に通いました。元々彼女と私はクラスメイトですから、練習の合間の休憩時間などによく話をしました。まあその時には友人も一緒でしたがね。体育館の隅に重ねてあるマットの上でごろごろしながら話をするんです。その時間は至福の時間でしたね。また私の友人というのが剽軽な奴で、マットの上であぐらをかきながら屁をこいたりして、笑いが絶えなかったです。小学生なんてそんなことで腹を抱えて笑えてしまうんですね。

 ところが或る冬の日に、私はある事に気が付きました。私達はいつもの様に冷えたマットの上でゴロゴロとしながら談笑していたのですが、ふと彼女の方を見やると時折明後日の方に視線を向けて惚けた様な顔をしているんです。それまでげらげらと笑い転げていたものがふっとそうなるのですから、もうその豹変ぶりは歴然としていました。そしてその視線の先にはある自由組み手をしている有段者の少年がいたのです。彼は大野君と言いましたね、私達とは違う小学校だったのですが、そちらの小学校に空手クラブが無かったのでこちらに来ていたということでした。彼は甘いマスクと細い体格に似合わず組み手となると誰にも負けませんでした。年上の中学生にすら負けるところを見た事がありません。大会ではいつも優勝していました。そして確かに彼女は大野君を見つめていました。それは恋する少女の瞳だと、鈍い私にもすぐに分かったのですね。それは切なそうな瞳でしたからね。何かを哀願する様な瞳でしたね。そりゃあ恋い慕う男が普段あまり会えない他校の生徒で、こうして日曜に会っても大して会話もせずに遠くから見つめているだけだとしたら、それは切ないでしょう。しかも側に寄ってくるのは屁こき魔と白帯のもやしだけで、そいつらの相手をしつつ盗み見るように時折視線を投げ掛けるだけだとしたら…。きっと彼女は一途に彼を慕うがあまり空手に力を入れ黒帯にまでなったのだなあと私は推測しました。ああ俺の恋は終わりを告げたんだなと私は悟りました。俺に気があるのでは等という自惚れが、自惚れという自覚を持ちながらも半分は本気でしたから、これはこたえました。その後の空手の稽古は忘れもしません。あんなに辛い思いをしたのは当時としては初めてではなかったでしょうか。涙をのむという気持ちがほとほと分かりました。冷蔵庫みたいに冷たい体育館の床板を裸足で踏みしめながら突きや蹴りをえいやっと繰り出すのですが、その勢いの有り余る事、掛け声の大きい事といったらありませんでした。精一杯強がったのですね。しかし実際涙をこらえるのに必死でした。それからというのも私は冬が嫌いになりました。まあそれは私だけではなく全ての沖縄県民にいえることかもしれませんがね、冬になると何だか感傷的になってしまうのです。沖縄の冬は天気も悪いですしね。

 ええと、何の話でしたっけ?そうそう、それでですね、結局それから中学までは彼女と一緒だったのですが、私も家の事でばたばたしていてとても恋愛どころじゃなかったので、彼女とは殆ど話をする機会も持てませんでした。まあ中学生ともなればなかなか異性と気軽に話すというわけにもいきませんものね。まあそれで高校はそれぞれ別々のところに進学しましたし、ついぞ彼女と面と向かって話す事はありませんでした。

 それからどれくらい経ったでしょうか、私ももうこの仕事をやっていましたから、二十年くらいは経っていたかもしれません。ある日の新聞に、とある断崖の波打ち際から女の水死体が発見されたという記事が載っていました。また女はお腹の中に子供を宿していたそうです。勿論子供も死んでしまいました。その記事を読んで、私はとても胸が痛みました。女が子供を宿したというのは本人にとってもまた周囲にとってもこれ以上程の無い喜びでは無いでしょうか。人間として生きている以上はこれほどに素晴らしい事は無い筈です。それが一体どんな理由があって母が子供と心中するというような悲惨な結果になってしまったのでしょうか。それが私には理解できずに、ただ実にやりきれませんでした。それにこの仕事をしているとですね、沖縄中のいろんな場所に行くわけですよ。もう沖縄といったら隅から隅まで未踏の地は無いと言って良いくらいです。事件の現場がどこなのかはっきりとは分かりませんでしたけれども、きっと近くを通りかかった事くらいはあるのでしょう。それを考えるとどうしても他人事とは思えなかったのです。

 とは言え新聞の社会面を賑わす一事件というのは時間が経てば忘れられていくものです。私は次第にその事件の事を忘れて過ごしていました。そんなある日に、知己の友人から、中学時代の同窓会があるから、是非お前も来いという誘いがありました。友人とは屁こき魔の方ではなく、私の家出を手伝ってくれた方です。彼はその頃小さな雑貨屋をやっておりまして、仕事が全く違うのでなかなか会う機会も無かったのですが、それでも定期的に何かしら連絡をとって交流を保っていたのです。中学の同窓会と言えば二十代の頃に一度やったきりでしたから、それから皆はどうしているだろうなという気持ちもあって、私は二つ返事で出席する意思を伝えました。もう三十を超えていましたからね。因みに前回の同窓会では例の彼女に会う事はありませんでした。クラスが違いましたからね、出席していなかったんです。尤も話題には上っていました。彼女は中学卒業後に名門女子大の付属高校に行って、そのまま女子大に進み、卒業後は航空会社に就職しスチュワーデスになったという話でした。今はフライトアテンダントっていうんですかね?詳しくは分かりませんが客室乗務員ですね。まあ私もある意味で同業者と言えなくもないですが、実際には雲泥の差ですな。いや、どうなんでしょう、ああいう仕事もイメージは華やかでも仕事はハードだと言いますからな。

 ともあれ私は那覇市内の料理屋で催された同窓会に出席したわけですが、そこで久しぶりに会った同級生は太っているし老けているしあるいは頭髪が薄くなっているしで殆どどれが誰だか分からない始末で、まるで初対面の人たちと一緒にいる様なぎこちなさでした。しかしそれにもかかわらず私達は不思議と他人行儀になる事無く、むしろそこには最初から或る一つの感情を共有しているような連帯感が満ちていました。けれどもその連帯感は決して華やいだものでは無く、伏し目がちの沈黙の中に薄ぼんやりと宿る様なものでした。私以外のその場にいた者は皆、一つの不幸を共有していたのです。もうお分かりでしょうが、私が子供の頃恋した彼女は崖から身を投げて死んでいたのでした。間抜けな事に私はそれまであの事件の当事者が彼女である事を知らなかったのです。きっとあの新聞記事には彼女の名前が載っていたのでしょうが、二十年も会っていない彼女の名前など見ても私は何らの反応もできなかったのです。まあ彼女の名前がかなりありきたりの名前であることもありましょうが…。

 同級生達の話を聞いて、その事件の顛末を詳しく知る事が出来ました。彼女は、職場の既婚男性と不倫関係を持っていて、その関係をずるずると続けていくうちに遂には身ごもってしまったらしいのです。その泥沼の関係を清算すべく相手の男は彼女に掻爬することを要求したらしいのですが、それが責任感の強い彼女としては到底許せる事ではなかったのでしょうね。かといって産んでしまえばその子には父親がいない事になりますし、相手の家庭も滅茶苦茶にしてしまう事になる。それはそれで彼女の道徳心に反したのでしょう。彼女はそこでお腹の子と共に自ら命を絶つ決心をしたらしいのです。孤独な転校生である私を放っておけなかった彼女が、孤独な我が子を想像するにも耐えかねたというのは考えてみればなるほどその通りだなあと思います。彼女はあの頃と全く変わっていなかったのですね。


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