第九回 オアシスは、どこだ。
第九回創作五枚会概要
・禁則事項…擬態法使用禁止・擬人法(偽物表現も含む)使用禁止
・テーマ…砂漠
オリジナルの縛り
・原稿用紙の五枚目の最後の行で作品を終わらせる。
三割の希望と、七割の諦めを胸に秘めながら、俺は手紙の封を開ける。
封を開けると同時に、あの時の記憶が蘇る。
履歴書を面倒くさそうに見る面接官。
質問に全くと言っていいほど答えられなかった自分。
後悔が、泡のように浮き上がってくる。
それを振り払えないまま、三つ折りの手紙を開いていく。それほど緊張はしていない。何と言うか、もう落ちているんだろうな、という諦めが心を占めていたからだ。
上から目を通していく。一行が過ぎ、三行が過ぎ、気づけばその手紙を読み終えていた。俺は一応確認の為に手紙全体に検索をかける。勿論言葉は『採用』だ。
俺の瞳が、四行目の中頃で止まる。そこに『採用』の文字があった。何を見間違えているんだ、俺は。結果に安堵するが、その一文字前に『不』の文字を見つけてしまう。
十社連続不採用。その文字が脳裏に太字となって浮かぶ。去年に六社受けて、今年は四社受けた。その全てが不採用だ。
またバイトだ。俺は憂鬱な気分となる。
これでは駄目だとわかっている。けれども、どうにもならない。
俺だって、いつかは結婚したい。子供も欲しい。幸せな暮らしがしたい。仕事を持っていないんじゃ、そもそもそのスタートラインにすら立てていない。
――スタートライン。
その言葉を口にし、ふと酔っ払った時の親父の言葉を思い出す。無口や真面目。そんな言葉が似合うのが親父だった。
そんな親父は、酔うとまるで人が変わったかのように笑顔になって饒舌に喋り始める。
親父は、酔うと必ずと言っていい程、口にする言葉がある。「人っていうのはなあ、砂漠を歩いているようなもんなんだよ。オアシスを探しているようなもんなんだよ」
これが親父の口癖だった。決まってその後、親父は「お前はまだ砂漠のスタートラインにすら立っていないんだぞ」と言ってくる。
「スタートライン、ねえ」俺は呟く。
俺はやはり、まだスタートラインに立てていないのだろうか。
アドレス帳を開き親父の電話番号にかける。
「どうした?」親父の堅い声。俺はそれを聞き、懐かしい気持ちになる。
「唐突なんだけどさ」
「ああ」
「明日、飲みに行かない?」
「まさか、息子と飲みに行くとはな」豪快な笑い声を個室に響かせながら、親父が俺の肩を荒く叩く。
有名チェーン店の居酒屋に、俺は親父と来ていた。炭火焼や煙草の匂いが部屋に充満している。洒落た内装に、それを際立てる照明。俺はあまりこういうところでは飲まないので、すごく新鮮だった。
「で、どうしたんだよ」親父が穏やかな笑みを顔に浮かべて聞いてくる。
躊躇。何から、話せばいいのだろうか。
俺は話したい事を思い浮かべる。だが、それらはもやに掛かっていてよくわからない。それはさながら、空中にある見えない何かを掴もうと手を伸ばしているようだった。
「会社、また落ちたのか?」嬉しいような、嬉しくないような助け舟。俺は何も言えず、うなだれる。
「……そうか」親父が手に持っていたジョッキを座卓に置いた。「実は俺、この職業に就く前、二十社落ちたんだよ。面接で」
嘘。それが、事実と異なる事を俺は知っていた。親父は会社に落ちた事などない。
「いやー、あの時は落ち込んだなあ。どこも雇ってくれねえんだぜ? 俺はちゃんと面接受けてるのによ」
上を見る。あれ、こんなに照明って明るかったっけ?
「なあ、親父」声を震わせないように、問いかける。
「何だよ」
「俺、スタートラインに、立ててるかな?」
数秒の沈黙。それが、とても長いように感じる。「オアシスを目指そうと決めた時、それが砂漠のスタートラインなんだよ」
ふと、視える映像。
何も無い、砂地。俺はそこに立っている。遥か先に、木々が生い茂る湖のような場所がある。だが、それは砂嵐でよく見えない。あれは、何なんだ。思考を始めた瞬間、視界が開けた。
察する。それが、何かを。言葉では言い表せない感覚。
「さあ、飲むか」親父がジョッキを持ち上げる音がした。
親父。俺は、聞こえるか聞こえないかの声で呟く。どうやら、俺はスタートラインに立てたらしい。
-「It has the hope for 100 percent.」end-