第八回 僕らはそれを見ていたはずなのに
電車の扉が閉まった。車内に「この電車に乗れてよかった」という安堵感と「早く人が少なくなってくれ」という不満感が、煙になって人の頭から浮かんでいくのが目に見える。
時折揺れながら、電車は進んでいく。
暇になり、中吊り広告を見上げる。芸能人のゴシップやら、UFOの目撃情報やらの『本誌独占情報』が雑誌ごとに記されていた。
芸能人のゴシップを『本誌独占情報』にするのはわかるが、UFOの目撃情報を『本誌独占情報』にするのはよくわからなかった。そんなにそこの雑誌は、面白い記事が取れなかったのだろうか、と僕はその編集部を不憫に思った。そして、UFOを見たときには、そこの雑誌編集部に教えてやろうと思った。
中吊り広告にも見飽きて、僕は外の景色を見る。
ビル、ビル、ビル、マンション、ビル、ビル、ホテル。僕は溜息を吐く。いつまで経っても、質素な高層建築物しか見えない。
見飽きた景色。それでもやる事がなくて、ぼーっと外を見る。
ふと、家でやっているゲームの事を思い出した。この前大掃除をしていたら、物置の奥から出てきたやつだ。見つけた瞬間に思わず「懐かしー」と大声で叫んでしまった。
大掃除から一ヶ月ほど経った今、僕は家に帰ると真っ先にそれをやっている。家でゲームをやりたいが為に、会社では年が明けてからまともに働くようになった。残業なんてしてゲームが出来なくなるのは嫌だったからだ。
そのゲームは、走っている忍者をジャンプさせて敵や穴を避けて、ゴールへ向かうというものだ。シンプルな反面、とても難しい。
僕は、その忍者にこの見飽きた景色を走ってもらおうと思った。暇つぶしにもなるし、ゲームのイメージトレーニングにもなる。
僕は、じっと流れ行く景色に目を凝らした。ぼうっと、黒装束が浮かんでくる。
少しずつ形になっていき、それは走り出す。
ゲーム通りに黒装束をはためかせながら、ジャンプしていく。
おお、と僕は自分自身で感嘆した。これで、退屈な通勤時間をやり過ごす事が出来る。
「ちょ、えっと、電車止まります!」
いきなり、アナウンスが聞こえた。
電車が、止まる?
突然甲高い音が聞こえ、先頭車両のほうに身体が吹っ飛ぶ。何人かの人と身体がぶつかった。
僕は真ん中の方にいたので、特に大きな怪我は無かった。先頭車両側の扉の方は大丈夫だろうか、と心配になる。
「え、浮いた……?」
ぼそっと、車掌さんの声が聞こえた。
浮くって、何がだ?
その呟きの数秒後、電車の窓が一斉に割れた。硝子の破片が車内に飛び散る。急ブレーキの副作用だろうか。そう思うが、すぐさまそれを否定した。いや、だったらもっと早くに、窓は割れている。
「UFOだ!」
ふと、そんな声が聞こえた。
UFO?
「あ、あれ!」この車両の女性の誰かが声を出した。そして、周りの人が「おお! UFOだ!」と声を出し始めた。
僕は、他の人が向いている方向を見る。
絶句。
そこには確かに、円盤があった。
ふわふわと、その円盤は風に身を任せている。いや、これはもしかしたら新しい運転技術なのかもしれない、と半ば本気で思った。
周りの人が携帯を取り出し始めた。どこからともなく「自分もこの瞬間を撮らなければ!」という気持ちが湧き上がってくる。僕は即座に携帯のカメラ機能を起動させた。
すぐさまそれを録画開始して、その円盤がいる方へと向ける。相変わらずそれは、ふわふわと浮いているだけだ。
ふと、またあの忍者のゲームの事を思い出した。そのゲームには、一定の秒数あるボタンを長く押していると、高くジャンプが出来るという操作方法がある。力を溜める、というやつだ。
それが、あの円盤と何故かシンクロして見えた。
嫌な予感がした。
あのUFOは今力を溜めていて、こちらに攻撃を仕掛けてくるんじゃないか?
瞬間、その円盤は僕の視界から消失した。跡形も無く、消え去った。
ほっと僕は安堵する。良かった、攻撃を仕掛けてこないで、と。
さっきの中吊り広告を思い出す。あの、UFO目撃情報の奴だ。
あそこに映像を送ってやろうと思い、録画した物を見直す。
――だがその映像には、あのふわふわと空に浮いていた円盤は、一切映っていなかった。
-「All are the fantasies.」end-