第七回 いつかの君へ
第七回創作五枚会概要
・禁則事項…心理描写禁止
・テーマ…歓喜
オリジナルの縛り
・原稿用紙の五枚目の最後の行で作品を終わらせる。
-ハンディカメラ(21:37:39)-
車輪が忙しく動く音が聞こえる。それと同時に映像は始まる。
音声ははっきりと聞こえるが、カメラの画面がとてもぶれている。
「あ、もしもし!」男の声が聞こえる。だが、画面がぶれているので、誰が喋っているのかはわからない。
「……誰?」女の声が聞こえ、画面のぶれが止まる。画面には一人の女性が映し出された。
水色の入院服を着ていて、お腹が異様に大きい。額に脂汗を浮かべ、苦痛に顔を歪ませている。そしてその周りには、白いナース服を着た看護婦が三人ほどいる。三人は、女の乗っている担架を動かしている。
「お義母さんだよ」画面の右端に、青いボディの携帯電話が現れる。
「ハンズ……フリーにして」女が苦しそうな声でそう言う。
「あ、ああ」
再びカメラがぶれ始める。しかし数秒すると映像は元に戻り、一人の女性を映し出した。その映像からは携帯電話は消えていた。
「あ、幸? 大丈夫?」スピーカー越しの女性の声が聞こえる。
「駄目」女は苦笑いを浮かべた。
「さっき、弘さんから聞いたわ。予定日より早まったんだって?」
「……うん」
「辛い?」
「辛い」女が目を瞑る。
そして訪れる無言。
車輪の音のみが、聞こえる。
「行けなくて、ごめんね」
「いいよ、別に。どうせ、中に入ったら、一人、だし」
「え? 弘さんは?」
「弘は……」
「あ、あの」画面が突然ぶれた。「実は僕、血を見ると倒れてしまう体質なんですよね」
「はぁ?」ノイズ混じりの、素っ頓狂な声が聞こえる。
「す、すいません。お義母さん」
「だから、部屋の、前で、待ってて、って、言ったの」女の息が先程より荒くなってきている。
「……まあ、あんたがそう決めたならいいわ」はあ、と大きな溜息が聞こえる。
「――あ」
女の顔が、深く歪んだ。
「あ、ああああああああ!」
絶叫。
その絶叫の所為なのか、画面がいきなり揺れた。
揺れが止まると、そこには女の手を映されていた。
「外で、応援してるから」
力強く握り合っている手。それを映して、映像は終わった。
-監視カメラ(21:38:45)-
担架が分娩室に運ばれる。一人の男はその部屋の前に立ち止まり、それを見送った。
分娩室が閉まる。男は、その扉をじっと見つめている。
夜も更けてきているので、分娩室の前には男一人しかいない。
-ハンディカメラ(21:42:53)-
映像は静かに始まる。
一人の男が映っている。日に焼けた色黒の顔、髪は黒の短髪。きりっとした目で、カメラを見つめている。
「えーと、どうも。お父さんです。何と言うか、いてもたってもいられないので、未来の君へビデオレターを贈ります」
男は一人でカメラに喋り始める。
「実は今、お母さんは一人で君を産んでいます。普通は、お父さんも同伴するものだけど、お父さんは血を見ると倒れちゃうから、分娩室って言う赤ちゃんを産む部屋の前にいます。本当は、無理してでも行きたかったんだけど、お母さんが『お父さんに倒れられたりしたら、赤ちゃんに集中できない』って言われちゃいました」
あはは、と男が一人で笑う。その笑い声は、一人しかいない分娩室の前に響き渡る。
「あっ、ああああああああああああ!」
絶叫が聞こえ、男は分娩室の方へ目をやる。
「頑張れ、二人とも」男は静かに呟いた。
「頑張れ、頑張れ」
絶叫が止んだ。
静まり返る分娩室。
突然、聞こえる泣き声。
それは、命が産まれた雄叫びだった。
男はそれを聞いた途端、ばっと立ち上がる。
映像は、そこで途切れていた。
-「Image that becomes interrupted,arising love.」end-