第四回 聞こえない音
第四回創作五枚会概要
・禁則事項…一人称と三人称の使用禁止
・テーマ…静寂
オリジナルの縛り
・原稿用紙の五枚目の最後の行で作品を終わらせる。
よく、頑張ったよ。
確か、三ヶ月前だったっけ?
健康診断に行って、膵癌が見つかったの。
いや、びっくりしたよ。帰って来た途端、いきなり泣き始めてさ。
普段君は泣かないからさ、余計驚いちゃって。
どうしたの? って聞いても、何でもないのって答えるし。
結局、その夜に確かベッドで君が泣きながら言い始めたんだよな。
ごめん、ごめんって。
別に謝ることじゃないよって、僕も泣きながら抱きしめたっけ。
あー、あれが三ヶ月前か。
もう、すごく昔のことに思えるよ。
――なんかさ、静かだよな。黙ると。
風の音すらしないし。僕以外の動いている音が何もしない。
喋ってないと、すごく気持ち悪くなる。
昔の君が見たら、驚くだろうな。
あの口数が少なかった君が喋るとはっ! って。
……あのさ、うちの親父独り言が多かったんだよな。
君も知ってる通りでさ、うちは早くにお袋が死んで、親父がそれから独りなんだよな。
独りだとさ、静かなんだよな。
喋る人がいないし。
……寂しいんだ。
だから、独り言が多くなったんだよな。きっと。
誰も、喋ってくれないから。
だから、自分で喋るしかない。
……俺も、そうなるのかな。
あ、今は君に語りかけてるから、独り言にはカウントされないよ?
――僕もさ、辞めるべきだったのかな。
君は医者に、もう手遅れだって言われたから、会社を辞めてずっと家にいたじゃん。
僕も、傍にいたほうが良かったのかな、なんてこの頃考えるんだよね。
いや、君の寿命は三ヶ月って言われた時から考えてはいたんだよ。
実は銀行に、三か月分暮らせるお金はちゃんとあったんだ。一応、こつこつと貯めてはいたからね。
だから、一応聞いたんだ。
会社を辞めて、一緒にいようか? って。
そしたら君は、私が死んだ後、君が大変でしょ? って言ったよね。寂しく、微笑んで。
あれってさ、一緒にいて欲しかったんだよな?
寂しい。けど、その後のことを考えたら、私と一緒にいるより仕事をして欲しい。
君は、そう思っていたんじゃないの?
まあ、君が起きていない今、それを聞いても無意味なんだけどさ。
子供、さ。
欲しい欲しいって言ってたけど、結局授かれなかったね。
まあ、結婚したのが五ヶ月前だから、無理と言えば無理なんだけどね。
でもさ、欲しかったな。
僕と、君と、子供がさ……笑顔で笑って、食卓を囲んでいたり、ボードゲームをしてたり。
きっと、その子にも反抗期はあるだろうから、いっぱい喧嘩してさ。
大学に行ったり、就職したりして、その子は大人になっていく。
それで、その子はきっと君に似て美形でさ。結婚してそれもまた美形のパートナーを見つけてくるんだろうな。
そして、孫が生まれてさ。
甘やかし、そうだな。特に僕がさ。
……あれ? 雨かな。
おかしいな、室内なんだけどな。
何で、君の頬が濡れてるんだろうな。
……おかしいな。僕の頬も、濡れてる。
どうしてだろうな。
全然、泣いてないのに。
ほら、こっち見てよ。
笑ってるだろ?
僕、笑ってるだろ?
ねえ、うんって言ってよ。
笑ってるでしょ?
ねえ、笑ってるでしょ?
――なんか言ってよ。
笑顔でさ、うんって頷いてくれよ。
何も言わなくていい。動かなくていいから。
笑ってくれよ。
なんか、喋ってよ。
君が……いないと。
すごく、寂しいじゃないか。
-「I do not hear anything.」end-
01/08 21:30
英文追加