第三回 Now charging...
第三回創作五枚会概要
・禁則事項…?と!の使用禁止・登場人物の名前の記載禁止
・テーマ…退屈
オリジナルの縛り
・原稿用紙の五枚目の最後の行で作品を終わらせる。
寒風の吹く学校の屋上。そこで僕は、汗ばんだ手で鉄柵を強く掴んでいた。
飛び越えなきゃ。飛び越えなきゃ。
自分に何度も言い聞かせる。だが、寒さで震えているのか、死ぬのが怖くて震えているのかわからないが、脚が動かない。
ふっと脳裏に、僕を嘲笑するあいつらの顔が浮かんだ。
戻ったら、また苛められる。
僕は嫌な記憶を脳の奥に仕舞い込む。死ぬ時くらい、嫌なことを忘れて楽な気持ちで死にたい。
鉄柵を強く掴む。だが、やはり一歩が踏み出せない。
「この意気地なし」と自分を叱咤する。飛べば、もう苛められなくて済むんだぞ。
鉄柵を強く掴んだ時だった。
後ろから、ドアが開く音がした。僕が振り返ると、そこには一人の長身の男がいた。
少し色が黒い小顔、首まである茶髪にはワックスが使われている。ネクタイを緩くし、ワイシャツを第二ボタンまで開け、黒色のジャケットを上手く着こなしている。だが、それは学校指定の物ではない。恐らく市販されているものだろう。つまり、それを着ているということは、この男は教員なのだ。
「お、サボりかい。少年」僕とは特に面識の無いその教員は、右手を上げて軽快な声で僕に話しかけてきた。僕は何と答えればいいのか戸惑う。まさか「自殺をしに屋上に来たんですよ」だなんて言えるわけが無い。
「ここってさ、意外と眺めがいいんだよねー」と男が僕の左隣へと歩み寄ってきて、ここからの景色を堪能し始めた。いきなりここに来て僕の自殺の機会を無くしたこの男に、戸惑いながら僕は「そ、そうなんですか……」と答える。
「穴場スポットなんだよ、ここ」男が白い歯を見せて僕に笑いかける。「今も授業サボってこっちに来ちゃったし」
「はあ……」と僕は曖昧な返事をする。「あの、授業に戻られた方がいいんじゃないんでしょうか」
「あ、そりゃ邪魔だよね。いきなり来たら」
男が一瞬、僕の右腕を見た。あれが見えたか、と焦るが僕は今学ランを着ている。外からは恐らくばれないだろう。僕はほっとする。
「いや、別に、そういうことでは……」僕は曖昧に答える。ここで「ええ、そうです」と答えたら、明らかに怪しい。
「そうだよね。自殺しようとしているんだから、邪魔に決まっているよね」
あはは、と笑う男。
大きく心臓が脈打つ、驚愕。
何故わかったんだ。僕は、目を見張る。
「……なんの、ことですか」
僕は決心したんだ。今日飛んで、この単調で退屈な世界からいなくなろうと。僕は鉄柵を、決意と共に強く掴んだ。
瞬間。男が真顔になり、右腕が乱暴に掴まれる。鉄柵から離され、学ランの右腕の部分が捲られる。その所為で、脈の部分が露になる。
そこには、僕の苦しみが数多の紅い線になって刻まれていた。
僕は男から右腕を振り払い再び鉄柵を掴む。
「屋上に来て鉄柵を掴んで下を見ている奴は、八割方自殺をしようとしている奴なんだよ」怒りを内に秘めたような声で、男は僕の目を見つめる。「何があったんだ」
どうせ言っても、何も変わらない。僕はまた苛められ、家に帰って枕を濡らし、また苦しみが一本の紅い線に変わる。そんな一日を、何回も何回も繰り返していくだけだ。
「……まあ、そうだよな。話したくないよな」男が鉄柵によっかかるように体勢を変えた。「だったらさ、俺の話を聞いてくれないか」
最初から聞く気がない僕は、目を伏せて聞いているような仕草をする。
「最悪だろう、生きてて」
僕は、目を伏せたまま答えない。
「あのさ、人生ってのはいいことと悪いことの繰り返しだと思うんだよ。良いことが起きて、悪いことが起きる。悪いことが起きて、良いことが起きる」男は一呼吸置いて、また喋り始める。「君は今、良いことを起こす充電をしているんだ。長い長い、充電期間に入っているんだよ」
充電。その言葉に反応して、僕は伏せていた目を開けた。光が眩しい。心なしか、景色が鮮やかに見えた。
あの時死ななくてよかった。そう思える日が、いつか来るのだろうか。退屈な世界に興味が持てる日が、いつか来るのだろうか。
また、あいつらの顔が脳裏を過ぎった。だが、もう怖くは無かった。
今僕は充電をしている。そう思えたからだ。
答えは、決まった。
僕は鉄柵から手を離す。退屈じゃない未来に、思いを馳せながら。
-「Separate steel fence.」end-