なーろっぱ世界の短編 婚約破棄とか聖女とかドアマットとか転生とか
クビにされてメシがうまいぜ!
すっかり寒くなった12月。
王宮の総務課に出勤したら机がなくて、
「お前はクビ!」
と赤ら顔の上司に告げられた。
上司は公爵家の3男。わたしは男爵家の4女しかも今は平民。
「あのっ。わたしのっ机は……?」
「いやしい平民の使った机など誰も使いたくないに決まっているではないか! すでに焼却済みだぁぁ!」
うわ。いきなりファイヤーですか!?
中にはいろいろ書類が入ってたんだけどなー。
わたしはおどおどしつつ内心でガッツポーズ。
「な、なぜでしょうか……? わたし、なにか失敗でも……」
「ふ、これだから卑しい生まれの哀れな奴は困る」
上司は、さげすんだ目で見降ろしてきやがる。
いつ見ても膨らませて持ち上げてある前髪が似合わない。
だけどかっこいいつもりなんだってさ。
「最近、王宮の仕事の効率が悪い、こういう時、どうすればいいか分るか?」
わからない、と答えて欲しそうなので、
「わかりません……」
上司はサディスティックな笑みを浮かべて、
「お前のような無能を辞めさせて、浮いた金で有能な奴を雇えばいいのだ!」
「わ、わたしは一生懸命お仕事を……毎日毎日遅くまで……」
泣きべそをかいてやると、
「それは単にお前が無能で仕事が進まないからというだけだ! それに記録を見直したら、お前はほとんど仕事してないではないか!」
「で、でも」
「それにだ!」
上司は、やたら名前が並んでいる書類をわたしに向けて広げて見せた。
「お前は薄汚い平民な上に無能で役立たずだから辞めさせろと、いろいろな部署の人間から連名で嘆願が来ているのだ!」
「う、うそ……」
よろめく小芝居をしてやると、
「ウソではない! お前の無能を知らぬのはお前だけなのだぁっ!」
嘆願書が、ぐいぐいとわたしの鼻に押し付けられる!
「ぐふふ。この嘆願書が見えないのか? 頭だけでなく目も悪いとは救いがたいな! 書類はウソをつかん。お前は無能なのだ! 多くの職員もそれを認めている! クビだぁっ!」
「そ、そんな! わたし明日から困ります!」
わたしの泣きそうな様子に、上司はますます機嫌をよくして、
「無能な人間の明日など知るか! お前はクビっこれは決定事項だ! 無能で退職だから退職金は払えないな!」
「しゃ、借金の返済はあ、明日なんです! せめて退職金は!」
借金なんかないけどね!
「女だからその身体があるだろう。そうだ。就職したら教えろ、客になってやってもいいぞ!」
上司は、無力な相手をいたぶるのが実に楽しそうだ。
本当は臆病者なのだろう。
実際は、こいつのパパ公爵だってボンボンで、そのパパもボンボンで、資産が順調に減ってる一族だもんね。
なんで知ってるかって? 書類仕事してるといろいろね!
そんな考えはおくびにも出さず、上目遣いでおそるおそる、
「わかりました……あの、引継ぎは……?」
「ハッ! 大した仕事もしていないくせに引継ぎだと! そういうのは有能な奴が言うセリフだ! さっさと出ていけ!」
上司はわたしの椅子を蹴り飛ばした。
ばーん、と総務課中に音が響く。
「ひぃっ」
哀れっぽい悲鳴をあげると、鼻で嗤われた。
そして嘆願書を額に押し付けやがると、出ていった。
知ってる。秘書課の愛人のところへご出勤ですね。
伯爵家の次女で、実は4つ股かけてる女だ。
男たちがお互い気づいていない辺りは彼女の有能さ。仕事はまったくしないけどね。
わたしはこの王宮の雑用係。
唯一の平民官吏。
決まった部署も部門もない。
当然、同僚全員に見下げられているので、誰も庇ってはくれない。
それどころか、
「あの平民、クビだってさ」
「せいせいした。いつも汚物が視界の隅に映るって、不愉快だったもんな」
「なんかやってたっけアレ?」
「床のゴミでも食ってたんだろ」
「こざかしく法律の穴を突いて官吏にもぐりこんできたゴミがようやく消えた」
みなさん本当に高貴な青い血流れてるの?
血にドブでも流れてるんじゃないかと思うよ。
わたしは、こぶしで、ぎゅっと目のあたりをぬぐって――泣いちゃいないけどね!
さて、消えますか。
机が処分されるか五分五分だったけど、王宮では超重要な書類をたっくさん放り込んでおいた。
一週間後にある国賓をもてなす夜会の進行手順とか、来年上半期の予算の草稿とか、東部国境地帯の補給計画書とか。
あと王家累代の宝物のリストとか、王位継承のくわしー手順書とか、あとどっかの国との条約の原本とか!
処分しちゃってたら困るだろうなぁ……あ、そういえば焼却したとかわめいていたっけ。
知ったこっちゃないけど!
嘆願書を回収して、そっとカバンにしまっておしまい。
さげすみの視線を浴びながら、背を丸めてとぼとぼと、退職。
就職してから4年と9カ月。
ほんとはスキップしたかったけど我慢我慢。
退職の挨拶をする気になる相手なんか、ほぼいない。
倉庫でたまにあって愚痴をこぼしあう掃除夫のおじいさんくらい。
書類を処分した時、ついでに芋を焼いてくれて、ふたりで食べたのが、ここでの唯一ほっこりする思いで。
でも、仕事中に声をかけるのもなんだから、そのまま外へ。
外はどんより曇り空。
これからの王宮の未来を示してるみたいだが、知らん。
※ ※ ※
狭くて汚らしい下宿へ帰った途端。
「ひゃっほー!」
わたしはガッツポーズ。
「仕事の効率を落とす作戦大成功!!」
ここ半年ばかり、仕事の効率を徐々に落としていたんです!
暖炉に火をいれて、そこへ嘆願書を放り込む。
「ふふふ。ははは! 証拠隠滅じゃあ!」
燃えろ燃えろ。
どんどん燃えろ。
左手や足まで使って書いた文字の群れが燃えていく。
ぜーんぶわたしが書いたのに誰も気づかないとか、コントですか?
火を見ながら、王宮での日々を思い出す。
下級貴族の4女じゃ、学園卒業したら平民、かといって嫁に行くあてもなく。
勉強を頑張って、王宮の下級官吏にすべりこんだけど。
見目麗しい姉ちゃんたちばっかかわいがる両親に「就職できたんだから、自活できるだろ」と抜く手も見せずに除籍され、あっさり平民。
うちの男爵家は『女が働いてるなんて恥』『働いてる女は外で股開いてるに決まってる』っていう家だったからね。
ま、お貴族サマの家ならよくあるハナシ。
平民は官吏登用試験を受けられないけど、平民が官吏になってはいけない規定はない。
こうして我が王国史上初の平民官吏爆誕!
平民の官吏なんて、当然、出世の道もなく。
そのくせ、なんでも押し付けられる。
ここしかいられないから必死に仕事を覚えてなんでもやった。
いつもいつもいーっつも夜遅くまで仕事が終わらず、バカにされてた。
自分が無能でカスでゴミだから、仕事が終わらないんだ、と思いこんでた。
必死にこなしていたら、4年目にしてふと気づきました。
机の上には『来年上半期の国家予算の草稿』
これってわたしの仕事? もっと偉い人のじゃない?
偉くて高貴な人たちって何してるの?
もしかして何もしてないとか?
いやいやいやいや。
そんなことありえないよね。みなさま圧倒的なお貴族さまでエリートなんだから。
観察開始!
さすがお貴族サマと納得の生態。
仕事を押し付けてきやがったあとは、優雅なお時間を過ごしていらっしゃる。
高級なお菓子を食べたり、休日に行く演劇の話をしていらっしゃたり。
仕事中に抜け出して観劇しにいく方々までいらっしゃる。
そうかと思えば、王宮内や王宮外の愛人のところへご出勤。
ご立派な仕事の中身は、わたしのあげた書類の責任者欄に自分の名前を書くだけ。
そして仕事が早く終わるのは、自分達が有能だからと純粋に信じていらっしゃる。
ほんとお優雅であらせられる。
夜会の席順も、人事の管理も、王宮へいろいろなものを納入する業者の手配も、ぜーんぶ人任せならいっくらでも優雅になれるよね!
予算の草稿までわたしが書いてるんだから!
実態が判ったからって他に行くところもないし……と思ってたんだけど。
上司のところへ書類を持ってったら、中から男と女がお盛んな声。
アレで、すん、としました。
ばっかばっかしい。
やってらんなーい!
悟りを開いたその日から。
日々の仕事は最低限回る程度に適当にこなすことにした。
なんと誰も気づかない!
そこで、どこまで仕事の手を抜けるかギリギリのラインを探りつつ。
わたしだけに都合のいい書類をばんばんあげてみることにした。
まず、わたしだけに規定通りの残業代。
他の人はだーれも残業してないんだもん。うん。ジャスティス。
お次は、わたしだけにボーナス!
他の人は働いてないんだから。まちがってないね。
さらにお次は、わたしだけ特別手当!
この辺りまでは、気づかれたら、監督責任を盾にして、上司どもを道連れにしてやるつもりだったんだけど……ここまでばれないとなると、イケイケどんどん!
こうなったら好き放題じゃぁぁぁ!
書類上だけに存在する幽霊職員を作って、その人らの給料もボーナスも全部いただき!
当然、いろんな特別手当や出張手当も計上してはいただき!
いろいろな部署に、またひとり更にひとりと配置して。
気付けばなんと男女あわせて66名!
ひとりひとりのプロフィール作るの楽しかったぁ!
もしかして物書きの才能あるかも?
サインを使い分けて、わたしのお仕事を彼らに分散!
そうしたらあら不思議。
いつのまにかわたしがサインした書類は、ゼロに!
仕事してない平民官吏爆誕!
最後の仕上げは、男女66名の連名で『平民は無能で迷惑だ。辞めさせて欲しい』という嘆願書を提出!
あの上司がロクに書類を見ないのも、念には念をいれて確認済み。
だって『へのへのもへじ』しか書いていない書類にすら、サインしてたもんね!
机の上に来た書類にサインするだけの高貴な血筋……ぷぷぷ。笑える。
そんなんが筆跡とか気にするわけがない!
それでも左手使ったり、足で書いてみたり、口で書いてみたりと、趣味に走ってみたらあー楽しい!
上司からすれば、全く仕事をしてない無能を辞めさせただけ。
でも、その66人も、わたしと一緒にドロンしちゃうんだけどさ!
お。
いい具合に嘆願書は白い灰。
「ふっふっふ……真っ白に燃え尽きたぜぇぇぇぇ……」
火かき棒で、燃え残りがないか確認。
うん。大丈夫。
空っぽの部屋を見渡す。
ぜーんぶ売り飛ばしちゃったからね。
あとは唯一の相棒ちいさなカバンと旅立つだけ。
初月給で買ったこの子だけが、わたしの相棒。
隣国にこっそり作った口座には、一生を100回繰り返しても遊んでくらせるくらい、お金がっぽがっぽ。
しかも、一月前、どんな書類でも一週間で破棄するという内規を通しといたんで、証拠も隠滅済み!
なんせ内規に従って書類を全部焼き払ったのは、わ・た・し♪
笑える。
その日の正午には船に乗り込んで、隣国へいい日旅立ち。
もちろん船室は一等船室。
お優雅な一週間の船旅。
カモメを見たり、イルカの群れを見たり。
大海原に沈む夕日を見たり。
しかもいくら寝坊しても遅刻ってものがない。
さいこー!
王宮がどうなろうと知ったこっちゃない。
わたしより優秀な人間を雇えばよろしい。
上司サマがそうおっしゃったもんね。
みなさんエリートのご子息でいらっしゃるんだから、高貴な血筋でお仕事できるはず!
え。横領?
書類は王宮の内規に従って合法的に焼却済みなんで、存在しません!
記録にないものはないんです。
え。宝石とかは持ち出せなかったのかって?
やろうと思えば、王家の宝飾品とかも持ち出せたけど、ブツは足がつきそうなんで手を出しませんでした。
ああいうの動かすと他人のところに記録残るしね!
これホント! 記録はウソをつきませんからね!
次の仕事は決まってないけど、仕事は当分いいや。
居場所とお金がないから仕方なくやってただけだし。
物書きにでもなろうかなー、時間はたーっぷりあるしね。
※ ※ ※
一週間後。
隣国の港について入国管理場に降り立って見上げれば、空はどこまでも青空。
おニューな名前の正式な身分証で入国!
これで、母国はわたしを追跡不能!
なんせ別人ですから!
今頃、王宮はたいへんなことに……なってるはずないよね♪
重要書類の50枚60枚なくなっても、パパっと解決できるでしょ!
なんせ無能な平民官吏がひとりいなくなっただけだもん。
その平民の名前すら一週間経ったから今頃灰になってるはず。
「ぷぷぷ」
あーすがすがしい!
すでに家も土地も入手済み、上陸して早速下見も済ませたから慌てることはない。
初めての町、初めてのにおいをたーっぷり堪能。
石畳をスキップでもしたくなる気分。
自由!
ふらっと入った酒場で駆けつけの一杯でビールを注文!
昼間っからビールってやってみたかったんだよね!
キンキンに冷えたのを、ぐっと飲んだら!
「ぶはぁっ! うまぁ!」
のど越し最高!
真昼間に堂々と。
ストレス発散とかじゃないビールさいこー!
ビールのあてはステーキ!
じゅうじゅうと唸る熱くてぶ厚いのが来ましたよ!
ナイフをいれれば肉汁あふれるやつを、がぶり。
「うまぁ!」
このストレートに肉食ってる感じがたまらん!
口の中がしあわせすぎる!
にまにま笑いがとまらんですよ。
これぞ新しい人生!
溢れる肉汁を、これまたあっつあつのポテトに絡めながら頬張る!
さらにセットで来たほうれん草のグラタンのうまいこと!
飲んで食って飲んで食って飲んで!
これぞしあわせ!
「クビにされてメシがうまいぜ!」
たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。
最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。
少しでも心に残るものがあったり、何かを感じていただけたなら、
評価や感想をいただけるととても励みになります。
別の物語も書いておりますので、もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。




