フライング断罪と古のシステム
「お呼びでしょうか、ユリウス殿下」
「セリア・ヴァンディル! 貴様のような底意地の悪い女との婚約は、ただいまこの瞬間をもって破棄させてもらう!」
華やかなワルツをかき消すほどの怒声。
楽団の演奏がピタリと止まり、広間が水を打ったように静まり返る。ユリウス殿下の腕の中で、クレアさんが「ユリウス様ぁ、セリア様が怖いですぅ」と小動物のように震えてみせた。(見事な三文芝居である)
「しらばっくれるな! 嫉妬に狂った貴様がクレアに行った数々の嫌がらせ、すべて証拠は揃っているんだ!」
(……私、まだ「お呼びでしょうか」としか言ってないんですけど。どんだけ脳内で練習した台詞を早く言いたかったのよ。それとも場数か?n回目だもんな)
内心の強烈なツッコミを涼しい笑顔で隠しつつ、私はジャーン! と無駄に仰々しい効果音がつきそうな勢いで運ばれてきた三つの銀の盆に視線を向けた。
乗っているのは、「無残に引き裂かれたピンクのドレス」「偽造された脅迫状」、そして「毒薬らしき小瓶」。
「見ろ! 貴様がクレアを階段から突き落として破いたドレス! 陰湿な脅迫状! そして極めつけは、貴様がクレアの紅茶に盛ろうとした猛毒だ!」
殿下がドヤ顔で言い放つ。
なるほど。ただの婚約破棄ではなく、公の場で私を「悪女」として断罪し、すべての責任を押し付けて合法的に切り捨てる気か。国王陛下が帰国した時の言い訳作りのために。
相変わらず、自分のことしか考えていない短絡的な思考回路である。
私は盆の上の証拠品たちを真っ直ぐに見つめた。
ふと、王立図書館の禁書庫で読んだ、ある古い文献の記述が頭をよぎる。
『絶対的な権力を持つ王族が、適正な法廷も通さず、公の場で不当な罪で者を断罪する……それを防ぐために組み込まれた、建国初期からの【絶対的抑止システム】がある』
過去の悲劇以来、誰も「公の場での私的な断罪」などという愚行を犯さなかったからこそ、発動していなかったおとぎ話のような魔法の呪い。
……もしかして殿下、今まさにその『システム発動の絶対条件』を、完璧に満たしちゃってませんか?
(もし本当にあのシステムが存在するなら……さあ、真実を喋りなさい!)
私が期待を込めて願った、次の瞬間だった。
『いってぇぇぇぇぇぇぇっ!!』
——広間に、野太いオッサンの大絶叫が轟いた。
「ひっ!? な、なんだ今の声は!?」
「だ、誰だ! どこに隠れている!」
ユリウス殿下や護衛騎士たちが一斉に剣を抜いて周囲を見渡す。
「魔法か!? 誰が魔法を使った!?」
殿下が顔を青ざめさせて叫ぶ。魔法が存在するこの世界において、声だけを響かせるなど高度な魔法の部類だ。
当然、殿下は真っ先に私を疑うように睨みつけてきたが、私は口を閉じたまま、小首を傾げてみせた。
「セリア、貴様の仕業か!?……いや、貴様は今、詠唱をしていなかったな……!?」
「ええ。私ではありませんわ」
私が涼しい顔で答えると、殿下は完全にパニックに陥った。
無理もない。声の主は、私ではなく——銀の盆の上に鎮座する『ピンク色のドレス』だったのだから。
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