第1章 畑の中の分子たち
「よし、出発!」
陽翔の号令とともに、4台の自転車が練馬の街を駆け出した。
ハンドルにスマホホルダーをつけた大翔が、すでに動画を回している。
湊斗は無言でGoProの録画ボタンを押し、結菜は後ろから「ヘルメット!」と叫んだ。
科学部は、今日も元気だ。
部員は4人。全員、幼稚園からの幼馴染。
そして、全員がちょっと変わってる。
「大根って、マジで甘いんだよ」
陽翔が言った。
「糖度10超えることもある。りんご並み。信じられる?」
「それ、また“科学部あるある”でしょ」
結菜が笑う。
「でも、土のpHと関係あるって聞いたら、ちょっと気になるかも」
舞台は、練馬区のキャベツ畑。
区内にこんなに広い畑があるなんて、知らなかった。
「都市農業って、実はCO₂吸収にも貢献してるんだよ」
大翔が言う。
「キャベツ1株で、1日に約20リットルの酸素を出す。人間1人分の呼吸量と同じくらい」
「それ、マジ? じゃあ俺、キャベツに生かされてるってこと?」
「そう。キャベツ様に感謝しなさい」
「キャベツ様…」
陽翔が畑に向かって手を合わせた。
「葉脈、きれいだな」
湊斗が、キャベツの葉を逆光で透かして撮っている。
「光の道が、迷路みたいに走ってる」
「それ、投稿しなよ。#キャベツの迷宮とかで」
結菜がスマホを構える。
「“葉脈は、緑の回路図”」
湊斗がつぶやく。
「お、詩人モード入った」
陽翔が笑う。
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SNS投稿:@nerima_science_club
写真:キャベツの葉を透かした逆光写真
「葉脈は、緑の回路図。光は、ここを通って命になる」
コメント:
・「え、キャベツってこんなに綺麗なの…?」
・「理系男子の詩、刺さる」
・「#キャベツ様 #練馬大根もよろしく」
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「糖度測ってみようぜ」
陽翔がポケットから糖度計を取り出す。
「持ってきたの!?」
「科学部だぞ?」
「それはそうだけど…」
結菜が笑いながら、大根を1本引き抜いた。
「いざ、実食!」
「10.4度!やば、ほんとに甘い!」
「土壌pHは6.5。弱酸性。根菜にはベストだな」
大翔がメモを取りながら言う。
「この畑、堆肥に落ち葉使ってるって。微生物の活動が活発になるんだって」
「つまり、落ち葉→微生物→土→大根→俺の胃袋、ってことか」
「そう。自然界の“食物連鎖”ならぬ“栄養連鎖”」
「うまいこと言ったな」
「うまいのは大根だよ」
結菜が笑う。
「この畑、都市の中にあるのがすごいよね」
湊斗がぽつりと言う。
「ビルの隙間に、命の回路がある」
「それ、また詩人モード?」
「いや、科学モード」
「どっちもかっこいい」
結菜がつぶやいた。
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SNS投稿:@nerima_science_club
動画:糖度測定の様子+大根かじる陽翔
「大根、糖度10.4。りんご超え。都市農業、あなどれない」
コメント:
・「大根かじってるのにイケメンって何」
・「#科学部男子 #モテたいなら泥だらけやめなよ」
・「でもちょっと面白いw」
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「バズってる!」
陽翔がスマホを掲げて叫ぶ。
「やった!科学でモテる時代、来たかも!」
「いや、コメント欄見て」
結菜がスマホを見せる。
「“泥だらけの顔がシュール”って書かれてる」
「うっ…」
「でも、いいじゃん。科学で笑い取れたなら」
「それ、慰めになってないから!」
こうして、科学部の“ネリマ巡検”は始まった。
次の目的地は、光が丘公園。
光と影の迷宮が、彼らを待っている。




