踏み切りの中の恋人
カンカンカンカン……。
踏み切りの遮断機が下り、私は立ち止まる。いつもの時間、いつもの通学路、いつもの踏み切り、いつもの光景。
踏み切りの中には、半透明の男の子がいる。
そう、いつもの光景。
誰も騒がない。私にしか見えない光景。
あなたは何を思っているの? そう思っても、顔は影になって、いつもわからない。
電車が近づく。男の子は動かない。そして……。
ガタンガタンガタン……。
電車が通り過ぎると、男の子は消えていた。
遮断機が上がる。私は歩き出す。男の子……ここで自殺した恋人、湊人(みなと)の事を考えて。
私と湊人は中学生の時に付き合っていた。きっかけは、図書室で遅くまで勉強していた湊人を見かけ、勉強を教えてあげた事からだ。
毎日、そんな事をしていたら、ある日、湊人から告白された。私も、まんざらでもなかったので、告白を受け入れた。
それから、私達は、いろんな所へデートに行き、いろんな話をした。
湊人には友達がいない事、家庭環境が悪くて家にあまりいたくない事、勉強も運動も苦手な事……。湊人は言った。
「杏(あん)が僕の全てだよ」
正直、依存していたのだと思う。でも、私はそれでも良かった。湊人といるのは幸せだった。
だが、そんな日々は崩れ去った。
私には夢があって、その為には偏差値の高い高校に行く必要があった。
だが、その高校は、とても湊人の学力では行けないところだった。
湊人には何度も「高校が離れたって別れたりなんかしない。休みの日に会おう?」と言ったが、湊人は、そんな事耐えられないと言った。
湊人は私に夢は諦められないのか聞いてきた。私はその度に首を振る。
「じゃあ、僕、頑張って勉強して、杏と同じ高校に行く」
湊人の勉強を見ていた私ならわかる……無理な事だと……。でも、言えなかった……湊人の真剣な目を見ると……。
その日から、湊人の猛勉強は始まった。朝から晩まで、勉強勉強……。私も、自分の勉強があるから、湊人の分までは見れなかった。
学校以外で会えない日々が続き、湊人も見るからにやつれていった。大丈夫かと聞くと、「大丈夫。杏と同じ高校に行く為だもん」と笑う。
……この頃から、私は湊人の存在が重荷になった。勉強を理由に、少しずつ湊人を避けていった。
そして、合格発表の日。私は受かって、湊人は落ちた。最低だが、ほっとした。
その日、湊人が踏み切りで電車に轢かれて死んだと連絡がきた。自殺だと思った。
それから私は湊人が死んだ踏み切りで湊人を見る様になった。幽霊なのか、罪悪感からくる幻覚なのかはわからないが、どのみち同じだろう。
『忘れるな。お前が湊人を殺したんだ』
そういう事だ。
私はそれから、どうすれば良いのかわからなくなった。私は夢と引き換えに湊人を殺した。そんな夢に価値はあるのか。胸を張ってその道を進めるのか……。
ただただ、目の前の課題をこなすだけの脱け殻になった。嫌な事をかき消す様に、勉強にのめりこんだ。
そんなある日……。
「中村(なかむら)さん! 付き合ってください!」
クラスメイトの男子に校舎裏で告白をされた。
「……なんで私なの」
湊人が死んでから、暗く、人を寄せ付けない性格になった私に、何故。
「中村さん……俺が掃除押しつけられた時、手伝ってくれたり、荷物持ってる時にドア開けてくれたり……。そういう優しいところが好きになりました」
男子、古川(ふるかわ)くんは真っ直ぐな目で言う。けど……。
「そう……でも、私、誰かと付き合うとか、そういうの考えてないから……。じゃあね」
私は振り返って歩き出す。後ろから声が聞こえてきた。
「だーから言っただろ、古川ー。中村は無理だって」
「彼氏死んでんだし」
私と湊人の事はクラスでも有名だった。
「……っ、中村さん!」
古川くんは、私を呼び止めた。
「何」
私は立ち止まり、振り返る。
「中村さんの恋人の事は知ってる! でも……」
古川くんは一瞬溜めてから言った。
「恋人って、支え合っていくものでしょ! 悲しませて、不幸にするのなんて、恋人って言わない!」
「……!」
私は、その言葉に、はっとする。
「……ごめん……踏み入った事言って……。でも……俺は、そうだと思う……」
「ちょっと……考えさせて……」
私は、そう言って、その場を後にした。
家に帰った後、私はベッドに仰向けになり、考えた。
「私は……」
考えた後、決意した。
いつもの時間、いつもの通学路、いつもの踏み切り、いつもの光景。湊人は、そこにいる。私は湊人に言う。
「湊人……私、決めたよ」
ひとりでに喋り出す私を周りの人達は注目するが、そんなの気にしない。
「私は、前に進む。湊人とは、もう道を違えたんだ。湊人が死ぬ前から、ずっと。だから、お別れしよう。湊人は死んじゃったけど、私は生きてる。私の時間は進んでいくから」
私の頬に涙が伝う。
「湊人の事は忘れない。一生引きずっていく。だから……」
電車が近づく。
「バイバイ」
電車が通り過ぎる。湊人は、消えていた。
それから、私が湊人を見る事は無くなった。湊人が納得したのか、愛想を尽かされたのか、それとも私が過去と決別して幻覚を見る事が無くなったのか……それはわからない。
今日は、告白の返事をしよう。そう思って、私は踏み切りを渡った。




