本編 ~『奪われた才能』~
「すべてを白状してくれますね?」
ローズが問いかける。セレフィーナの顔色を注意深く観察しながら、返答を待つ。
会話に自白とも取れる発言がいくつもあったため、この場面で取り繕うのは無意味だ。故にセレフィーナはためらいなく笑みを浮かべ、堂々と答える。
「ええ、認めましょう。婚約破棄が起きるように誘導した真犯人は私ですわ」
あっさりと口にした言葉に、ローズは拳を握る。かつて感じた理不尽の裏には、彼女の悪意が潜んでいたのだ。
「でも、それの何が悪いのかしら? 私は聖女で、この世界のヒロインなのですから。殿方を落とすのは、もはや権利みたいなものでしょう?」
傲慢さを滲ませた発言。そこからローズは疑念に確信を得る。
「会話の節々から感じてはいましたが……やはり、あなたもゲームのプレイヤーでしたか」
その一言で、セレフィーナの表情も変わる。
聖女の仮面が剥がれ、目が鋭い光を帯びる。
「ということは、あなたも?」
「ええ。あなたと同じ異物です」
「……どうりで、シナリオ通りに進まないと思いましたわ」
苛立ちを滲ませたセレフィーナは、美しく整った口元を歪ませる。
「最初に違和感を覚えたのは、レオン様の反応ですわ。ゲームでは何の努力もせずに私に惚れるはずだったのに、現実の彼は、私を特別扱いなどしませんでしたから」
微笑んだだけで好感度が急上昇する攻略が最も容易な男。それこそが本来のレオンだったはずだ。
「だから仕方なく、私の方から誘惑しましたの。露骨に距離を詰めて、甘い言葉を囁いて――ようやく彼を動かすことができましたわ。なのに、シナリオ通りには進まなくて……お姉様が辺境伯の爵位を手に入れるなんて展開、あのゲームにはありませんでしたわ!」
本来のシナリオでは、ローズは捨てられる立場だ。婚約破棄され、家族に追放され、孤独と苦しみに打ちひしがれる。それでも心を保とうとするが、やがて暴走し、覚醒した力を制御できずに破壊を繰り返す。
そんな彼女を聖女セレフィーナが清らかな光で討ち果たすのだ。だが現実は違った。ローズは悪役にならず、新たな道を選び取った。
「悪女なら悪女らしく、最後までシナリオ通りに振る舞うのが筋ではありませんの!」
セレフィーナが不満をぶつけると、ローズは冷たい笑みを返す。
「では、ご要望通り、悪女を貫いて差し上げましょう」
その瞬間、ローズの双眸に異様な光が宿る。瞳の奥で魔力がうねり、空気の流れが微かに変わる。
「な、何をする気ですの?」
「才能を頂くのに相応しい非礼を受けましたから……慰謝料を頂戴いたします」
次の瞬間、光が瞬き、セレフィーナは喪失感に襲われる。最悪の想定が彼女の脳裏をよぎる。
「まさか今のは……」
「あなたの聖女としての資格、『回復魔術』を私が頂きました」
声は穏やかだったが、明確な断罪だった。セレフィーナは美しい金髪を乱し、瞳に恐怖を浮かべる。
「嘘ですわ……そんな……ローズがあの力を自覚するのは、まだ先のはずですもの……」
「私もプレイヤーですよ。自分にどんな能力があるかは当然知っています」
「――――ッ」
ゲーム知識があるからこそ陥る落とし穴だった。セレフィーナの顔が蒼白に染まり、震える唇の間から声を漏らす。それは信じたくない現実を否定する悲鳴のようだった。
「か、返しなさいっ! 返してよぉ!」
セレフィーナの頬を涙が伝い、掠れた声で泣き叫ぶ。
その悲しみが暴走するように、彼女の手が無意識のうちに動く。掴んだのは陶器の花瓶だ。水と花を撒き散らしながら、彼女は咆哮をあげ、ローズへと振りかぶる。
「返してよおおっ!」
セレフィーナは腕を振り下ろす。だがそれがローズに届くことはなかった。
「これ以上の無様な真似は、見苦しいだけだよ」
セレフィーナを制したのは、ユリウスだった。氷のような視線を向けたまま、彼は彼女の身動きを封じる。
「私は悪くないの! 私はただゲーム通りにしたかっただけで……」
空虚に響くその叫び声は、誰の心も動かさなかった。
「衛兵!」
ユリウスは廊下の外にいた衛兵を呼ぶ。レオンを捕縛するために動員された兵士は、セレフィーナが用意したものだ。
しかし彼らも王子の命令に逆らうことはできない。
忠誠を示すように敬礼で応える。
「辺境伯への暴行は重罪だ。然るべき場所へ連行しろ」
「はっ」
短く答えた衛兵は、無駄な言葉を交わさずに、セレフィーナの両腕を取る。
「私は悪くないの! 誰かっ! 誰か助けて!」
だがセレフィーナに救いの手を差し伸べる者はいない。暴れる体をものともせず、衛兵は扉の向こうへと引きずっていく。
扉が閉まり、静寂が戻る。
ローズは一息吐くと、ユリウスに頭を下げた。
「ユリウス様には助けられましたね」
「たいしたことはしていないさ」
ユリウスは肩をすくめて、軽く笑う。自分の行動を誇ることもなく、ただ当然のように振る舞うその姿に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「ただ……最後まで味方でいてくれるとは、正直、思っていませんでした」
小さな本音をこぼすと、ユリウスは目を細めた。
「言っただろ。僕は君の味方だと……それに君には借りがある。それを返しきるまでは傍にい続けるさ」
「ふふ。そうでしたね」
二人は穏やかな笑みを交わす。そこには信頼の絆が結ばれていたのだった。