【特別短編】二人で食べるかき氷
書籍化記念に短編更新しました
夏の盛り、ドルーン辺境領の広場には色とりどりの露店が並んでいた。
魔力草の取引で潤った町は、去年までの荒れた面影を失い、賑わいを取り戻している。呼び込みの声が重なり、子どもたちが笑いながら石畳を駆けていく。
ローズはユリウスと並び、露店の間を歩いていた。
「ずいぶん人が増えましたね」
「君の領地経営の成果だ」
「なら、今日は君に一つだけ付き合ってもらおう」
「付き合う?」
「あれだよ」
ユリウスが指差した先には、小さな屋台があった。
木の看板には『氷菓』と書かれている。削った氷を器に盛り、果実の蜜をかけて出すらしい。並んでいる子どもたちの手には、淡い赤や黄色に染まった氷が握られていた。
「珍しいね。氷を夏に出せるなんて」
「魔術師が氷室を管理しているそうですよ」
「それは、なかなかの贅沢だね」
そう言って、ユリウスは当然のように列へ並んだ。
王子が子どもたちの後ろに並ぶ光景は、なかなか奇妙だった。店主は気づいた瞬間に顔を青くしたが、ユリウスは片手を軽く上げて制した。
「順番は守るよ」
その一言に、前にいた少年が目を丸くする。
「お兄さん、偉い人なの?」
「少しだけね」
ユリウスの言葉に少年が笑う。ローズも思わず口元を緩めた。
やがて順番が来ると、ユリウスは果実蜜の種類を眺めた。
「ローズはどれがいい?」
「私は……いえ、ひとつで十分です。二人で分けましょう」
「いいのかい?」
「折角なら味を共有したいですから」
店主が差し出したのは、山のように盛られた白い氷だった。上から赤い苺の蜜がかけられ、光を受けて宝石のようにきらめいている。
ローズは小さな匙を受け取り、ひと口すくった。
舌に乗せた瞬間、冷たさが広がる。甘酸っぱい苺の香りが鼻先へ抜け、火照った頬が少しだけ落ち着いた。
「美味しいですね」
「では、僕も」
ユリウスが顔を近づける。
ローズは器を差し出そうとして、彼が匙ではなくローズの手元を見ていることに気づいた。
「……ご自分でどうぞ」
「婚約者に食べさせてもらう氷菓は、きっと格別だと思うんだ」
悪びれない返答に、ローズは周囲を見た。
屋台の店主はそっぽを向いているが、子どもたちは興味津々でこちらを見ている。
ローズは観念して、匙で氷をすくった。
「一度だけです」
「大切に味わうよ」
ユリウスは差し出された氷を食べ、満足げに目を細めた。
「確かに美味しい」
「それはよかったです」
「ただ、少し問題がある」
「何ですか?」
「君に食べさせてもらうと、味より先に君の顔を見てしまう」
ローズの手が止まった。苺の蜜よりも、自分の頬のほうが赤くなっている気がする。
「……そういうことを、平然と言わないでください」
「平然ではないよ。かなり勇気を出している」
ユリウスは笑い、今度は自分で匙を取った。
白い氷に赤い蜜を絡め、ローズの前へ差し出す。
「では、お返しを」
「私は自分で食べられます」
「知っている。でも、今日は祭りだからね」
ローズはしばし匙を見つめた。
断る理由はいくらでもある。
けれど、ユリウスの瞳があまりに楽しそうで、拒む気持ちが削られていく。
ローズは小さく口を開いた。
冷たい氷が舌に乗る。
甘い。先ほどよりも、ずっと。
「……美味しいです」
「それはよかった」
ユリウスは満足げに笑った。
器の中の氷は、夏の日差しを受けて少しずつ形を崩していく。二人で交互に匙を運ぶうちに、山のようだった氷は半分になり、やがて赤い蜜だけが底に残った。
ローズは空になった器を見下ろす。
「また来年、一緒に食べましょう」
ユリウスの表情が、ふっと柔らかく変わる。
「約束だ」
「はい」
広場の賑わいの中、二人は並んで歩き出す。
手は繋がない。
ただ、触れそうで触れない距離のまま、指先だけが何度もかすめ合っていた。
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【タイトル】
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【公式サイト】
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本当にありがとうございました!




