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いまだに、アイドル時代の夢をよく見る。
まったくリハーサルをしていない状態でステージに立たされる夢は、アイドルなら一度は見たことがあるだろう。瑠衣も、数え切れないほど見た。
けれど、アイドルを辞めてからは卒業公演の夢ばかり見る。
満員の日本武道館。8000人の観客が、瑠衣のメンバーカラーである黄色のペンライトを振っている。まるで菜の花畑に包まれているような、あたたかな風景だった。
グループ内ではどちらかというと人気のないほうのメンバーではあった。でも卒業公演の日だけはグループの他のメンバーのファンも瑠衣の色を振り、瑠衣の名を呼ぶ。瑠衣がステージのセンターに立ち、注目を浴びる。
卒業公演のためだけに、豪華な衣装が用意された。多くのメンバーはお姫様みたいなふわふわのドレスを仕立ててもらうが、瑠衣は黒のシンプルなパンツスーツを作ってもらった。お姫様みたいなドレスよりも、自分らしいと思ったから。スタイルが良く見えて、満足の仕上がりだった。
「るーいるい! るーいるい! るーいるい!」
瑠衣は耳に装着したイヤモニを外して、両手を大きく広げてファンの声を浴びた。このシチュエーションに酔っているとわかっていても、全身で声援を浴びずにはいられない。
自分でもわかっていた。これ以上の声援を浴びる日は来ることは、一生ないだろうと。定年退職したアイドルがその後、現役時代以上に声援を浴びられることはほぼない。ましてグループ時代から人気のない瑠衣が、ソロで今以上に成功できることはありえない。
歌が大好きで、アイドルの曲を聴くのが好きで、アイドルになった。アイドルというのは顔が可愛くて歌やダンスがうまいだけじゃ成り立たない職業だとわかったのは、すみれドロップスとしてデビューしてから。
愛嬌があるとか、ファンの喜ぶ言葉を即座に言えるとか、努力している姿を見せられるとか、成長するところを見せられるかとか。
瑠衣は初めから歌が上手かったし、ダンスもそつなくこなせた。トークをまわすのも告知を覚えるのも得意で、ほわほわしていて頼りないリーダーの代わりに仕切ることも多かった。
つまり、かわいげがなかった。
ファンは、初めからなんでも上手にできる子よりも、達者におしゃべりする子よりも、できなかったことができるようになる子を好む。80点を90点にする子よりも、10点を60点にする子のほうが、努力を認められる世界。
歌とリーダーシップで、グループに貢献できればそれでいいと思った。集客は他のメンバーに任せていればよい。グループでの集合写真が端っこでも、後列でもかまわない。
そんな瑠衣にとって、卒業公演は最初で最後の主人公になれる場だった。あの日の瑠衣は、だれからも幸せそうに見られていただろう。
きっと、もう二度と、あんなに満たされた思いになることはない。これからもずっと、瑠衣は後列で、端っこで、暗い顔をしながら生きるのだろう。