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1-1

「このままだと、来月末の契約満了をもって事務所をやめてもらうことになる、かもしれない」


 事務所の一室で、社長が厳しい面持ちでそう告げた。解雇通告1歩手前。


 深刻な表情を前に、大森瑠衣(おおもりるい)はつい笑いそうになる。べつに、社長の顔がおもしろいわけじゃなくて、自分の無能さに笑えてきたからだ。花粉症の症状によって垂れてきそうな鼻水をスンとすする。


 勘違いしたのか、気のいい社長は申し訳なさそうに眉尻をさげる。


「すまない。でも大森の要望をウチで叶えるのは難しいっていうか……」


 瑠衣は顔をあげ、表情管理の元で神妙にうなずいた。


「そうですよね。わがままを言ったくせになんの結果も出せていなくて。何してんのって話ですよね」


 アイドルの定年は、25歳と言われている。


 はっきりと、25歳までにやめろとは言われていない。何歳になってもアイドルをしている人はいる。しかし、アイドルは一生続けられるものでもない。25歳前後までにはグループを卒業することが、いつの間にか通例となっていた。


 ダラダラとアイドルを続けるよりも、セカンドキャリアについて考えて行動した方が利口でもある。


 瑠衣が14歳でアイドルの研修生となって、16歳で『すみれドロップス』の一員としてメジャーデビューして計10年。日本武道館で卒業公演をしてまだ半年。もう半年。


 瑠衣も、25歳でグループを卒業した。すみれドロップスの活動は好きではあったからあと1、2年在籍しても良かったけれど、ソロアーティストとして活動してもいいかも、と思って定年での卒業を選んだ。それなのに、このていたらく。


 思わず、黒くてまっすぐな髪をかきむしりたくなる。アイドル前髪は現役時代からなく、おでこを出すヘアスタイル担当となっていた。気持ちの焦りの表れでつい髪をいじってしまいそうになり、太ももの上でぎゅっと手を握り締めておさえた。


「大森、今からでもOGライブに出ないか?」


 瑠衣が在籍する芸能事務所には、数多のアイドルグループが在籍している。『すみれドロップス』もそのうちのひとつだ。OGライブは、アイドルを卒業した人たちがグループ時代の楽曲を披露する場。昔からのファンの人も喜ぶし、事務所も興行収入を増やせる。アイドルをやめたのはいいけれど、ソロデビューするほどの人気がないメンバーにとっても、ゆるく楽しく芸能活動を続けられる。


 瑠衣は、それがイヤだった。いつまでもアイドルグループにいたときの肩書を利用しているみたいで。自分だけの力で芸能活動を続けたいと思って、卒業前の面談の時に、『アイドルグループ時代の曲は歌わない』『自分で楽曲制作したい』『ギターを勉強したい』と卒業後のプランを社長に伝えた。アットホームな所属事務所は、楽曲制作のサポートからギターのレッスンまで面倒を見てくれた。


 ……のだが、瑠衣には絶望的にセンスがなかった。


 まともな曲は作れないし、ギターはどれだけレッスンしてもプロとして披露できるレベルには達しない。歌って踊ることはできたから、楽曲制作もギターもそれなりにできると高をくくっていた。


やってみて気付いたが、言うほど瑠衣は楽曲制作もギターも特別好きではない。歌で食っていくにはコレがいいか、くらいの気持ちだったことは否めない。


 給与制の事務所にとって、瑠衣はただの金食い虫になっていた――とは社長もはっきり口にはしないが、事実そうなっている。


 長いこと、お世話になってきた事務所。さすがに瑠衣も、申し訳なさが先立つ。


「来月の面談までに、少し、考えさせてください」


 軟化した瑠衣の態度に、社長はほっとした表情を浮かべた。

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