第二話
「いらっしゃい」
黄色のシャツを着た、レコードショップの店長はふくよかな体型の割には鋭い目つきをしている。いつもほとんど客が来ないのはその目つきが絶対にフィルターになっている。高校生で初めてここに来た時、そう強く思った。そしてここに来たことを強く後悔した。高校生の自分にとってこの場所に来るのには相当な勇気が必要だった。
先程までの都会の喧騒が嘘のような静かな空間。俺はJ-POPのコーナーの中から「は」を探し、【BUMP OF CHICKEN】の棚の前まで歩を進める。高校生の時から同じことを繰り返しているため、特に意識していなくても勝手に体がこの場所まで来てしまう。
特に新曲はない。最新のアルバムは持っていないが、今ではストリーミングサービスのサブスクリプションに入っていれば、CDなど持っていなくてもいつでも音楽を聴く事ができる。簡単に、便利になった。
右手に持ったアルバム『aurora arc』を元の棚にしまう。スポットライトの光を手で塞ぐように、隙間に差し込む。
あ、スーパーに寄らなければ。早いとこ帰ろう。
店を出てエレベーターの下ボタンを押す。チーンと音を立てて扉が開き、誰もいないエレベーターに一人で乗る。
扉が閉まる直前。さっきまで俺がいた場所に人がいる。
つい先ほど右手に持っていた『aurora arc』を手にその場に立ち尽くしている。突き刺さったように、その場から動かない。その丸い背中には目がついていて、その目はこちらを見つめているような気がした。
二人の間に繋がれたなにかを分断するように、ガチャン、とエレベーターは扉を閉めた。いつの間にか心臓の鼓動が早くなっている。
はやく動け。
フーッ、と大きくため息を吐く。エレベーターはゆっくりと地上階へ向かった。
再び騒がしい外の世界に戻る。右手で握りしめられたスマホは19時10分を表示している。藍色の空はいつの間にか黒に染まり切っていた。ホーム画面に表示されている、次の電車の発車時刻は19時13分。その次は19時34分。次の電車には乗れないから、タイムリミットは24分。その間にお酒を買いに行こう。
〈了解。今からちょっと寄ってくよ〉
真桜にそう送信して、俺は早歩きで再び大きな人の流れの中に加わった。