第十話
トラックドライバーの怒鳴り声は、風に紛れてよく聞き取れなかった。だんだん遠ざかっていくトラックの姿は、橋を渡り切ってようやく見えなくなる。
指の短い手で、アルバムをぎゅっと握りしめる。
もう片方の手には、黒いピック。
流血している膝と肘は、どく、どく、と脈打つ。じわじわと感覚が戻り、脳がようやく、自分のしたことを理解し始める。なんてことをしたのだろう。
手元に残ったクリアケースを、ぱか、と開く。歌詞カードを取り出して、裏返す。
1. aurora arc 2. 月虹 ③. Aurora 4. 記念撮影 ⑤. ジャングルジム ⑥. リボン 7. シリウス 8. アリア ⑨. 話がしたいよ 10. アンサー 11. 望遠のマーチ 12. Spica ⑬. 新世界 14. 流れ星の正体
これは。
俺のものではない。いや、そんなはずはない。
収録曲のうち、いくつか、曲順の数字が丸で囲まれている。気づかなかった。丸のついた曲は.........ライブで披露した曲だ。
丸をつけたのは......崎山だ。気づかなかった。
雨が、ぽつ、とクリアケースの表面で跳ねた。濡れないようにそっと歌詞カードをしまおうとした時、隅の方に何か書いてあるのに気づいた。
2018.12.26
初めて依澄くんとしゃべった日。
まおにとっては特別な日。今日のこと、忘れない!
マオ
自分で買ったと思っていた『aurora arc』は、真桜からもらったプレゼントだった。なくしたと信じていたピックは、いつもそこにあった。
真っ暗なギターの中で、ピックはずっと眠り続けていた。それはいまかいまかと長い時を待ち、ここぞ、とばかりに俺の前に飛び出した。たくさんのものを引き連れて。
そのピックで真桜のためのギターを鳴らし続けたこと。
真桜に聴いてもらいたくて、指にまめができるほど練習したこと。
緊張しないように観客席の後ろの方を見ないようにしていたこと。
でも肝心のMCの時に目が合って、動揺で何もしゃべれなくなったこと。
そして、そのとき、真桜が泣いていたこと。
「だからいつも後ろの方にいるんだよ」
涙の理由を知った夜のこと。
俺が忘れたかった記憶。真桜は、それを、忘れたくないと思ってくれていた。
いつからだっただろう。いつから、俺は忘れていたんだろう。目を背けてきた記憶は、痛々しいものばかりではなかったということを。
本当は、儚く、美しかったということを。




