第九話
右手の力を、ゆっくりと抜いて――
その瞬間、突風が身体を貫いた。思わずよろめいて、指の間からギターのネックがすり抜ける。反射的に、それをもう一度掴もうとしていた。柵の方へ身を乗り出した途端、もう一度、突風が来た。
橋の下の方へ、風に煽られながら、ゆっくりと、と落ちていく。
一緒に、何か黒いものが弦の隙間をすり抜けた。びゅうん、と風で舞い上がる。かろうじてそれを、俺は空中で掴んだ。
バシャン、と跳ねる水飛沫は、街灯の光に照らされて、豆電球みたいに美しかった。
水の音を捉えた時、俺は橋の上でしりもちをついていた。
さっきは何を掴んだのだろう。我に返って、掌に視線を移す。
指を開くと、そこに見えたのは、角が丸い、黒い三角に、すれて薄くなった、白い翼だった。
――明日から、これで、弾いてくれない?そしたら、みんなのじゃなくて、わたしのためのギターになるから。へへ、何その顔。あ、次のライブも来るね。楽しみにしてる。
――これ?ああ、バンプのTシャツ。好きなの?え、ほんと!偶然!じゃあ、次、それで弾いてよ。わたし、依澄くんのギターの弾き方、好きなんだ。そうだ。わたし、好きなアルバムがあってさ。
――いいの?ほんとに大丈夫?疲れてない?崎山くんとかに言って来なくていい?ふうん、分かった。じゃあ、行こ!
――あった!このアルバム、好きなんだ。これとかこれとか。......これ、弾くって?いや、多分、難しいよ。
――じゃあ、はいこれ。プレゼントね。いいのいいの。その代わり、いっぱい練習して、お披露目してね。約束だよ。わたし、みんなの後ろの方で、聴いてるから。
あおくんはさ、もう音楽、しないの?
今のあおくんを愛しながら、自分を信じることは、矛盾してるのかな。
私は、あおくんにとって、どんな存在なのかな。
お互いがさ、同じ選択をしないと一緒にいられないのかな。
アルバムが手元にないことに気づく。見回すと、道の真ん中に、それは落ちていた。
身体は勝手に動いていた。
勢いよく飛び出した俺は、向かってくるトラックを視界に捉えた。
眩しすぎる白い光に視界を奪われる。クラクションが鼓膜を突き破った。一心不乱に、足を動かし、手を伸ばす。反対車線へ。
間に合え――




